[ STE Relay Column : Narratives 226]
牧 兼充 「I Shall (Not) Return」

牧 兼充 / 早稲田大学 大学院経営管理研究科

[プロフィール]
早稲田大学ビジネススクール准教授 (サバティカル中)
Visiting Associate Professor, Stanford University in the Department of Civil and Environmental Engineering in the School of Engineering and Doerr School of Sustainability (From April 1st – June 12th, 2024)
2015年カリフォルニア大学サンディエゴ校にて、博士(経営学)を取得。慶應義塾大学助教・助手、カリフォルニア大学サンディエゴ校講師、スタンフォード大学リサーチアソシエイト、政策研究大学院大学助教授などを経て、17年より現職。カリフォルニア大学サンディエゴ校ビジネススクール客員准教授を兼務するほか、日米の大学において理工・医学分野での人材育成、大学を中心としたエコシステムの創生に携わる。専門は、技術経営、アントレプレナーシップ、イノベーション、科学技術政策など。近著に「イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学」(単著、東洋経済新報社)、「科学的思考トレーニング 意思決定力が飛躍的にアップする25問」 (単著、PHPビジネス新書) 、「『失敗のマネジメント』がイノベーションを生む」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2020年3月号掲載)、『イノベーション&社会変革の新実装 未来を創造するスタンフォードのマインドセット』(共著、朝日新聞出版)、『東アジアのイノベーション』(共著、作品社)、『グローバル化、デジタル化で教育、社会は変わる』(共著、東信堂)などがある。

 

3月1日より、サバティカルに入りました。とりあえず2025年2月末までの1年間、研究活動に専念することになります。
2017年9月にWBSに就任して以来、6年半、馬車馬のように働いてきました。その思い出を振り返ってみると、私にとって、とても大事な存在はWBSの学生・卒業生の皆様だったんだなと、改めて思います。改めてご一緒してくださった皆様に御礼申し上げます。

「イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学」
私にとって、この6年半での最大の成果は、「イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学」を世に出したことでした。この本は、本当に読んでもらいたいと思ったオーディエンスに届けることができました。そのおかげで、経済産業省産業構造審議会イノベーション小委員会委員、内閣官房「創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議」構成員、経団連「Science to Startup Task Force」など、大学の教員の枠を超えて、日本のイノベーション政策の策定の、ど真ん中に関わらせていただくようになりました。
この本について、企業家研究というジャーナルに、関西学院大学の吉村先生が書評を書いて下さいました。アカデミアの世界でも、実務の世界でも、こうやって評価を頂くことができてとても嬉しく思っています。この書評は、私が目指したこと全てに触れてくださっています。「科学技術とアントレプレナーシップ」という研究領域を体系化したいという思い。アカデミアの研究を活用するという科学的思考法を社会に出したいという思い。アカデミアの研究をどのように実務に活かしていくかという論点を全ての章に入れ込んだ「実践知」を生み出したいという思い。これが、実現できたのは、WBSの学生や卒業生の皆さんと一緒に授業をやれたおかげです。

「良い研究」とは何か?
「良い研究」とは何か、という哲学的な問いがあります。15年くらい前は、トップジャーナルに載せることが、「良い研究」と捉えられていました。でも、この15年くらいで、社会とアカデミアの関係は大きく変わった。誰も読まないような論文をトップジャーナルに載せても、社会へのインパクトは全くない。アカデミアの知を社会にどのように届けていくのか、そのインパクトの大きさが、「良い研究」を規定する時代にもうとっくに変わっている。
そう考えると、この著作を出したことで、より多くの実務家にこの領域の重要性に気づいてもらえるようになり、だからこそ、私がずっと蓄積してきている「スター・サイエンティスト研究」や「科学的思考法」のアカデミアの知見を活用しようと思ってもらうきっかけとなった。いくら論文だけ書いていても、社会へのインパクトなんて出ないのだと思います。
その意味で、私にとっての代表作の一つは、今後もこの「イノベーターのためのサイエンスとテクノロジーの経営学」であり続けるのだろうなぁと思います。
ちなみにこの本のタイトルに経営学とついてますが、この本があまり経営学の本な気はしていなくて、そもそも経営学という学問領域が、僕にはあまりピンと来てないところもあるのですが。
最近、米国の研究者(とても論文数も多いトップ研究者の一人)と話す機会がありました。「日本の大学では、論文の本数であったり、共著者の人数だったり、トップジャーナルに掲載されているかだったりを気にする人が多い」と伝えたところ、「なんて遅れた人たちなんだろうね、と言われました。アカデミアの役割はもうとっくに変わっていて、そういうことを気にする人たちは、社会へのインパクトがない研究しかできてない人たちなんだと思う」、とのこと。自分がサバティカルの間に大事にしたいと思う、とても大事な価値観を表現していただいたと思っています。

サバティカルの間は、大学の業務に直接的に関わることは当面ありませんが、それは休むわけではなくて、WBSの教員として研究活動に専念する、ということです。その活動の中で、社会に大きなインパクトを創出できるような、既存の延長線上にはない新しいタイプの研究活動を生み出していきたいと思います。そういう活動の成果や社会へのインパクトをWBSの卒業生の皆さんにお届けすることで、WBSの卒業生の皆さんがWBSを卒業して良かった、と思ってもらえるようなことをやるのが、サバティカル中の私にとって大切なミッションだし、この恵まれた機会をいただいた組織に対する恩返しをすることなのだと思っています。

“The Farm”へ
スタンフォード大学では、キャンパスのことを”The Farm”と呼びます。それはこのキャンパスが元々スタンフォード一家の農場だったからです。そして、今回のサバティカルに合わせて、8年ぶりに”The Farm”に戻ることになりました。
もともとスタンフォードで関わりたい研究プロジェクトがあって、でもスタンフォードはポジションを持つのがトリッキー。僕はキャリア的には、スタンフォードに2015-2016に雇われた経験があるので、あまり在外研究で、海外の大学のタイトルにはこだわりはありませんでした。なので、今回のサバティカルでは特別なアフィリエーションはなしで、ビザなしの短期滞在にしようと思っていました。
それが最後に急展開して、Department of Civil and Environment Engineering 所属のVisiting Associate Professorのポジションを用意してもらえることになりました。これはSchool of Engineering (工学部)と、スタンフォードに70年ぶりにできた新設学部であるDoerr School of Sustainabilityの兼務のポジションになります。
自分がスタンフォードでfaculty positionをいただくことは今まで全く想定していなかったので、自分でもびっくりです。意外と自分のバリュー、グローバルな場でも、評価されるんだなと思ったり、今まで築いてきたネットワークがとても大事なんだなと思ったりする機会でした。
サバティカル中の目標として、僕自身の専門を可能な限り、いわゆる「経営学」に限定しない、学際領域に移していきたいと思っていて、とても良いキックオフの場となりそうです。ますます経営学領域の人からは、あなたの業績は良く分からない、と言われそうですが、社会にインパクトのある研究をしようとすると、もはや「経営学」という学問領域でできることが狭まってしまうと思うのです。自分が教えられる領域や研究活動ができる領域をシフトさせていく良いチャンスと思っています。スタンフォード大学では、イノベーションにかかる新しいエグゼクティブ教育のプログラムを日本企業向けに開発する予定です。まずは、3月30日から6月18日まで久々にシリコンバレーに滞在します。

“I Shall (Not) Return”
渡米直前のギリギリのタイミングでビザが届きましたが、これで無事に3月30日から渡米できます。サバティカルの準備プロセスは、色々な意味で、自分にとって過去との訣別という感じでした。サバティカルの間、過去を振り返らずに、未来を創れる人との人間関係を大事にしたい。早稲田の6年半でも、未来を一緒に作れる人たちの良い繋がりをたくさん作れたと思います。

新しいチャレンジをするときに、いつも大切だと心掛けているのは、自分が戻る場を決めない、と言うことです。もし自分が戻る場が明確すぎたら、せっかく海外で自由に色々な活動ができるのに、自分が戻ったところで役立つことしかやろうとしなくなってしまう。そんなマインドセットだと、サバティカルという貴重な機会をうまく活かせないのではないか、と思っています。ということで、“I Shall (Not) Return”の心持ちを持って、サバティカルをスタートしたいと思っています。戻ってくる「場」は、文字通り、「多様」だと思っています。それは違う組織、という意味だけではなく、同じ組織でも、どんな立ち位置で仕事をするか、どんなコミュニティを作るか、どんな外部の人と連携するかなどによって、自分のアフィリエーションはガラッと変わるものだと思う。やっぱり、僕は過去を振り返るのではなく、未来を創れる人がたくさんいるような場で仕事をしたいのだと思います。

特に、人って、誰もが生まれ持った「運命」みたいなものを持っているのだと思うけれども、その「運命」に迎合せずに、自分の力で戦って、その「運命」みたいなものを変えていく力を持っている人。そんな人にたくさん出会えたことがとても良かったし、これからもそんな人との時間を大切にしていきたいなと思うのです。

STE Relay Column: Narrativesもおかげさまで、これが226号となります。良くもこんなに長く続いたものだと思います。今回のサバティカルに合わせて、このシリーズも一旦休止したいと思っています。今まで執筆下さった皆様、ありがとうございました。

そして、お世話になった皆様に改めて感謝をこめて。