石上 隆雄 / 早稲田大学経営管理研究科
2022年夏のLab to Market(L2M)の履修を終えて約1か月が過ぎた。L2Mを振り返ってみると、毎回の課題やグループワークの負荷を感じながらも、新しい発見の連続に気分が高揚し、フルスロットルのまま怒涛のような8週間を駆け抜けた感じである。勉強という感覚ではなく、新規技術を活用した商業化の検討に没頭し、その仮説検証の過程を純粋に楽しんでいた。そもそも「科学技術の商業化」は、製薬企業で事業開発を担当する私の興味・課題意識と適合度が高いテーマである。しかも、L2Mは牧さんにとって最も思い入れの強い授業ということで、大きな期待を持って履修したのだが、結果的には予想以上に得るものが大きかった気がする。少し時間が経って冷静になったところで、L2Mを履修して感じたことをまとめてみる。
L2Mに対する期待
私は日々の業務で国内外のアカデミアやバイオテックベンチャー等と協業機会を求めて技術の探索および科学性・事業性の評価を行っている。近年はデジタルヘルスなどの新規技術分野も検討しているが、市場ニーズやマネタイズの課題で検討中止に至ることが多い。これは目標設定型で、成功を前提とした行動を伴う「予測アプローチ」が機能しない典型的な例であると思う。私が思うに、従来の製薬業界はこの「予測アプローチ」が主で、私のマインドも同様の傾向が強いと感じている。L2Mでは、先端技術の商業化に向けた仮説検証の過程で数多くの失敗を経験すること、つまり仮説の棄却と学習を繰り返して成功を導く「行動による創造アプローチ」を実践する。企業の限られた期間・予算の中で、このアプローチを実践することは必ずしも容易ではないが、L2Mの中では検討の過程で失敗と学習を繰り返すことが求められる。つまりL2Mでは、私の実務とは異なるアプローチを通して、全く新しい学びが得られることが期待できる。そしてこの学びこそが自分自身が日頃感じている壁を打ち破るきっかけとなるのではないかと考え本授業を履修した。
グループワーク
L2Mは技術の商業化の中でも、市場調査、プロトタイピング、市場の絞り込み、価値提案のプロセスにフォーカスして、技術の商業化におけるギャップを埋めるための検討をグループで行う。具体的には、研究者へのインタビューを経て潜在市場を検討し、潜在顧客へのインタビューやアンケート等で仮説を検証した上で最終的な価値提案を実施した。研究・開発段階のリアルな大学の技術シーズはいずれも興味深いものであったし、また最終発表会ではベンチャー・キャピタリストや起業家を含め、異なる分野の第一線で活躍されている審査員の方々からそれぞれ違った視点でフィードバックをいただいた。授業のプログラムの1つではあるものの、このように多面的な視点からのコメントを一度に得られる機会はとても贅沢であるし、本気で事業化を目指すグループにとっては良いアピールの場になるかもしれない。いただいたフィードバックの中には、もちろんネガティブな意見もあった。ただし、それらの指摘は「行動による創造アプローチ」の中では仮説検証のための非常に貴重な意見である。今回の仮説検証を進めて感じたのは、「予測アプローチ」に比べて、「行動による創造アプローチ」は成功に近づく過程が単純に楽しいということである。自らが立てた仮説をスピーディに検証し、その結果をもって柔軟に方向性を修正して正解を探す。まるで謎解きゲームのような感覚である。一方、「予測アプローチ」では計画された検証が否定されることはプロジェクト中止につながる可能性があり、ストレスの原因にもなる。上記の2つのアプローチは、もちろんpros/consがあり事業環境によって使い分けるべきであるとは思うが、特にVUCAの時代では創造アプローチを上手く活用することで事業の成功率を上げるだけでなく、仕事に対する社員のモチベーションも向上するのではないだろうか。これからL2Mの受講を考える皆さんにもぜひ創造アプローチの楽しさを味わっていただければと思う。
授業
科学技術の商業化プロセスや仮説検証、リーダーシップに加え、ブレインストーミングやプレゼンテーションの方法を授業の中で学ぶ。その他にゲスト講師による大学のスタートアップエコシステムやスタートアップによるイノベーションの紹介もあった。L2Mの授業で特徴的であったのは受講生の積極性である。ケースディスカッションでは絶え間なく手が挙がる。毎回、ほぼ全員に発言の機会があるクラスはそうそうないのではないだろうか。牧さんの圧倒的なファシリテーション力やピアエフェクトに加えて、何を発言しても良いという心理的安全性が最初の段階で構築されていた。20数名程度の規模感がちょうど良く、インタラクティブに積極的に議論したい人にとっては心地よいクラスと言えるだろう。授業のコンテンツで特に印象深かったのはナラティブなプレゼンテーションである。授業で紹介された「プレゼンテーションの主役はオーディエンス」というメッセージは私の価値観を大きく変えるものであった。オーディエンスが主役、つまり発表者がどんなに上手な発表をしても、それが聴衆に届かなければ意味がないということ。私はこれまでプレゼンはオーディエンスが発表者の話をみんな等しく注意深く聞くものであって、耳を傾けないのはオーディンエス側の問題と考えていた。しかし全く逆の価値観があることに気付き、ナラティブなプレゼンで聴衆の心を掴むことの意義をひしひしと感じた。WBSの中でもこのようなプレゼンの方法を学べるのはL2Mぐらいではないだろうか。
コミュニティ
L2Mは最終発表会の審査員の方々をはじめ、技術シーズを提供してくださる先生方、ゲストスピーカーの方々、メンター、TAなど、多くの方々の協力の上で成り立っており、牧さんの人的ネットワークによって非常に密度の濃い、価値のある授業を創り出している。ここでふと自分のことを振り返って考えると、私は自分の人的ネットワークを十分に活用していないことに気付く。私は仕事柄、社内・社外ともに多くの方々と関わる立場にあり、ビジネスに関して必要な議論は積極的に行う。しかしながら、その関係性からそれ以上の新たな価値を生む努力はしていない。人的ネットワーク自体が価値を持つこと、そしてそのネットワークを活用することでさらに新しい価値を創造できるということは、L2Mの授業を履修して得られた気付きの一つである。
L2Mのこだわり
L2Mのこだわりの一つに「科学や技術が未来を創造するための主役」というメッセージがあった。研究者出身である私にとって、非常に共感できるメッセージである。一方、未来を創造する主役である科学技術が継続的に発展するためには、その科学技術が経済的な価値を生むことが重要な要素であると思う。つまりL2Mは、科学技術の価値→経済的価値→科学技術の発展→経済的価値→…のサイクルを促進して未来の創造に貢献する方法を学ぶ授業と言えるのではないだろうか。L2Mはこだわりの強い授業であり、かつ学生の負荷も決して小さくはないため、万人受けするものではないかもしれない。ただし、私のように科学技術のバックグラウンドを有する、もしくは技術の商業化に興味のあるWBS生であればきっと得るものがあると思う。
最後に、こだわり抜いた最高のコンテンツを惜しみなく学生に提供してくださった牧さん、TAとして常に学生をサポートしてくださった谷口さん・葛西さん、ご多用のところ私たちのグループのためにお時間を割いてくださった竹村先生、そして同じグループで一緒に商業化の検討を進めてくださった安藤さん・加藤さん・櫨山さん、仮説検証の過程でインタビューやアンケートに快く応じて下さった皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。
次回の更新は9月30日(金)に行います。