辻 紗都子 / 早稲田大学 経営管理研究科
家族構成は夫と娘3人(7歳、6歳、3歳)。娘たちの料理やおやつタイムをYoutuber風に動画撮影し、家族だけで楽しんでいる。
このコラムを書こうと思ってから、ずっと悩んでしまっている。ごく控えめに言って、私が牧ゼミで過ごした1年間は最高だった。楽しいだけではなくて、悔しい思いをしたり、切なかったり、悩んだり、限界まで頑張ったけれどあきらめなければいけないこともあった。たとえていうなら、青春時代を1年にぎゅっと詰め込んだみたいだった。そんな時間を40歳手前で過ごせるなんて思っていなかったし、その結果自分の世界が変わっていったことに驚いた。どんな言葉をここで並べても、感謝しきれないほどゼミの仲間と牧先生に感謝している。
しかし、感動も感謝も完全に私の主観的なもので、様々な「わたしバイアス」が加わっている。これから書くこともまた、エビデンスに基づかない、バイアスにまみれた文章である。いちどだけ、私が主観100%で書くわがままを許してほしい。もっと客観的かつ具体的な良いエピソードはすでに先輩や同級生がたくさん書いてくれている。(参考にするならそういった文章を!)私がこのゼミで学んだもの。牧ゼミというトンネルに入って、出てきたときに見えた景色について、あくまでわたしの言葉のまま書こうと思う。
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2021年2月、幸運にもメンバー選考プロセスを短く終えたことで、他ゼミに先駆けて牧ゼミの活動はフライング気味に始まった。夜間主総合メンバー6人。私のほか、大手電機メーカーで技術開発をするリイちゃん、商社なのに妙に放送業界人っぽいしんちゃん、弁理士かつエンジニアの経験もあるもっさん、大企業の人事異動で大阪から毎週通うことになったたいちゃん、Silicon Valleyでプロダクトマネージャーをしてたしだちゃん。そして全日グローバルから参加している頭痛薬のやさしさ半分の研究者しもちゃんを加えた合計7人だ。
正直、ほとんどだれもよく知らなかったし、自分より圧倒的に賢そうでひるんだ。なのに私はゼミ長になった。何かが起こりそうな気がしていた。
牧さん(ゼミ生は「先生」と呼ばない。)について学生が考えるイメージはどうだろう。スター・サイエンティスト研究、データサイエンス、エンジニアリング力、AI、データ分析。ゼミも難しくて堅そうなイメージではないだろうか。しかし、実際はそれだけではなかった。牧ゼミの活動には、人生や世界観に対する設問が多くちりばめられていた。
3月、最初のゼミ合宿で牧さんが聞いた質問は「自分がアントレプレナーだと思う人?」私はなんとなく手を挙げた。そして、ある映画を見た。ロケットの打ち上げに夢中な少年たちの映画。たったそれだけなのに、映画の途中から、涙が止まらなくなってしまった。
「私はアントレプレナーではなかった」
その一言が脳に浮かんで、消えなくなってしまった。
これまで、思いついたアイディアがあっても、反対する人がいると、それを理由にやめてしまっていた。子供のときから、親や先生に反対されたら、あきらめてきた。いい子だったんじゃない。いつも誰かのせいにして、夢や目標をなかったことにしてきたんじゃないか。その結果、いまも何一つ、やりたいことがないんじゃないか。もう40歳手前にもなって、子供もいるくせに。きっとこのままだと、これからも一生そうなんじゃないか。それでいいのか。死ぬときに後悔しないか。いつまでたっても回答欄は空白だった。鶴岡の水田の真ん中で、満天の星が滲んだ。
ビジネススクールに入ると多くの学生がキャリアを見つめなおすことになり、その結果、転職や独立を考える。今から思えばたったそれだけのことだが、思えばこれまでちゃんと悩んで来なかったのだった。新卒でろくに就職活動もしなかったし、流されるように今の職についた。ほどなく私は会社の人事異動で役員となり、これまでのマーケティングから営業に仕事も変わった。悩む暇もないくらいに忙しくなったのがある意味救いでもあった。
息つく暇もないくらいに慌ただしい金曜の終わりに、会社から自転車を飛ばして教室に向かう瞬間はワクワクした。できればこの1年が終わらないでほしいといつも思った。
夏、コロナ禍でどこにも食事に行けない我々のことを思って、牧さんが早稲田の飲食店からお弁当を取り寄せてくれたりして、小さな行動ひとつひとつに込める想いの量にびっくりした。
毎回のゼミのテーマは「チームビルディング」「人のネットワーク形成」や「ビジネス実験」など、ビジネスの課題やイノベーションに繋がるテーマでありながら、アプローチが全く仕事とは違う。科学的な思考であること。つまりエビデンス・ベースの判断をすること。前向きで優秀なメンバーと脳に汗をかくようなワークは刺激的だった。そして、決して否定されないという安心感がそこにはあった。「間違ってもいい」「試してみよう」「実験しよう」ここでは飛び込んでも受け止めてくれるというホーム感。牧さんのちょっとした言葉の選び方、質問の仕方、そういうものが少しづつこの空気を作ったのだと思う。
「ピア・エフェクト」という言葉を牧さんのTOMの授業で知った。ともに学ぶ仲間が、行動に影響を与える。学びの結果に影響を与える。それは意識的であったり、無意識であったり。牧ゼミにかける牧さんの熱量が、「期待に応えなきゃ」という暗黙のプレッシャーとなって、ピア・エフェクトを発動する引き金になっている。ゼミの前日は、課題や発表の準備でその期待が苦しいときもあった。いつも何かに追われている気持ちだった。一方、その気持ちを共有しているからこそ、ゼミメンバーとの一体感が作られていった。お互いが「Giverになろう」という暗黙のルールが生まれていた。これもある種のプレッシャーである。最高のチームは、安心感と緊張、このいいバランスで形成されているのだと感じた。仕事にも応用して「チームで成果を出すこと」をモットーとするようになった。
秋から冬にかけて、ゼミ活動のハイライトの1つは修士論文だった。私は何度も論理構造を作るところでつまずいてしまい、にっちもさっちも進まなくなってしまうことがたびたびあった。その結果、牧さんに何を質問して良いかすらわからず、ただひたすら「つまづいているんです」とだけ吐き続ける苦しい時間があった。牧さんだけでなく、OBの皆さんにも何度も相談に乗っていただき、ギリギリまでかかって本当になんとか論文の形にすることができたが、思っていたような品質ではとてもなかった。自分の論理的思考の下手さ、堂々めぐりしてしまう行動パターン、根気なさに腹が立った。情けなかった。最後までやり遂げることすらできなかった。しかし結果として、貴重なことを学んだのもこの時間だったと思う。
「機械の構造がわからなくても自転車を漕げるようになればいい」「いままで学び方がうまくないっていうことだっただけで、いま学び方を学べたならいい」牧さんの言葉がリフレインする。その言葉だけで、これからも新しいことを学び続けよう、と思わせてくれる。
修論発表会では、修論のテーマに自分の仕事のテーマを掛け合わせたようなプレゼンテーションができた。はじめて自分で自分のキャリアを肯定できたような気がした。このプレゼンは新年度のDXオリエンテーションでも発表の機会を頂き、翌年の新入学生の方からも多くの反応を得て、この上なく嬉しかった。
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いま、1年間の牧ゼミのトンネルを抜けた。短いようで長いような1年。
見た目には何も変わっていない。抜けていてダメなところの多い自分のままだ。ちっとも賢くなっていない。相変わらず数字に弱い。打たれ弱い。反対されるとひるむ。まだアントレプレナーではない。
けれどどこかで自信にあふれている。
「私は、まだ、アントレプレナーではない」それだけだ。
少しずつ前進していくことができる。信頼できる仲間がいるから。未来を信じられるから。
トンネルを抜けて、振り返らないわたしはこれからも成長していく。
[参考]
修士論文の成果の発表(動画)
メディアプラスによるWBS馬蹄形のハイフレックス化資料
次回の更新は5月13日(金)に行います。