吉村 光平 / 早稲田大学大学院 経営管理研究科
私のTOMにおける最大の学びは ”学びのプロセス” を再考できた事だ。イノベーションのマネジメントを学ぶ授業を通じて、自らの学び方にイノベーションを起こすきっかけを掴む事ができた。
授業名は”技術・オペレーションのマネジメント”、内容は”イノベーションのマネジメントに関するもの” だが、この授業には”質の高い学びとはどういうものか?”という問いに対する数々の実験ときっかけが織り込まれている。
この授業に深くエンゲージした事で、私の ”学びのプロセス” 特に、”学ぶ姿勢”は大きく変わった。昨日までできなかった学びが、TOMをきっかけに少しだけできるようになった。
本稿では、授業で扱ったトピックからの学びよりはむしろ、TOMを通じた体験から得られたメタ的な学びに焦点を当てて紹介する。
自己紹介とTOM受講のきっかけ
私は現在、米国シリコンバレーに本社を構えるIT企業でセールスに携わっている。経営理論を体系的に学び、実務に落とし込むための修行の場を求めてWBSの門を叩いた。WBSにはアカデミックに理論を学ぶものから、実際のビジネスケースや実務的メソッドに触れる実践編まで幅広い講義が開講されているが、今回コラムで取り上げる「技術・オペレーションのマネジメント」(通称、TOM)は、数ある講義の中でも選択必修科目に分類される。WBSの1年次は、多くの人が必修科目と選択必修科目を中心に履修を組み立てる事になる。秋・冬の履修を計画するタイミングで、私も同様にシラバスをパラパラ眺めていると、
「本授業は、「技術・オペレーションのマネジメント」という授業名がついているが、事実上は「イノベーションのマネジメント」に関する授業である。」
このコースでは、以下の3タイプの履修者を想定している。
・広い意味で「科学・技術」に関わる仕事に携わっている人
・社内で新たなイノベーションを創出することを求められている人
・せっかくビジネススクールに学びにきたので、今までになかった視野を広げたい人
という表記に目が止まった。
仕事柄、「ITを中心とするテクノロジー」は一丁目一番地のトピックであるし、「イノベーションを実現するには?」というテーマで数々の講演を行った事もある。ある意味で専門分野だが、ビジネススクールで教えられるイノベーション論とはどの様なものだろうか?という好奇心で受講を決めた。当初の期待値は、
・イノベーションのフレームワークや、あまり詳しくなかったゲノム産業やオープンイノベーションについて学ぶ事
・本業であるプラットフォーム・ビジネスなどについては復習
・口コミで「牧先生のファシリテーションは凄い」「WBS名物授業だ」と聞いて興味が湧いた
といった、ある意味ありきたりものだった。
初回授業で期待値が180度変わる
まだ暑さが残る9月の後半に、秋クオーターが始まる。土曜日は必修科目が集中しており、3・4限に菅野さんの総合経営を受講した後、ある程度脳に疲労感を感じながら、TOMの教室に向かった。
教室に入った瞬間に、”いくつかの違和感”を感じた。WBSといえば馬蹄形教室だが、2021年のTOMは、2つの小教室を繋げて使う。前後に白板とプロジェクターがあり、どちらが前か分からない。何故か音楽が流れている… など。詳しくはネタバレになるので多くは語らないが、教室レイアウト自体が実験の場になっており、座席レイアウトは会を追うごとに毎回変わっていく。
初回の授業で、当初抱いていた期待から、授業への期待値が大きく変わる事になる。イントロダクションの中に、”「学び」の哲学” と題した項目が現れる。他の授業ではあまり見たことがなかった。その中には、
・質の高いLearning Communityの醸成:教員と学生の両方が授業にコミットする事が良い学びの前提
・Equity, Diversity, Inclusion and Belongingの尊重:あらゆるバックグラウンドの人がRespectされる授業でありたい
・教室は楽しくワクワクする空間でありたい:講義ではなく、体験
・実験と失敗:プロセスも含めてイノベーションを学ぶ
などといった文言が並んでいた。これを見た瞬間、「この授業では、授業内容よりも学び方を学ぼう。そして、偶然にも自身の専門分野が授業のトピックなので、可能な限りLearning Communityに貢献しよう」とモードが変わったのを覚えている。私個人にとっては、AIや情報技術そのものよりも、牧先生が考える質の高い学びは何なのか、それを実践するにはどうしたらよいか、TOMのLearning Communityに自分が貢献できる価値は何だろうか。という点を意識し始めた。早速、授業後に受講生が参加するSlackにEquity, Diversity, Inclusion and Belonging に関するチャンネルを立ち上げると、大森さんがプラクティスを紹介してくれ、何人もの受講生が参加してくれた。
毎週のTakeawayに、受講者同士がコメントし合う仕組みがある。これがなかなか面白い仕組みで、コメントする方もされる方にもインセンティブが付与されている。それ以上に、人にコメントを貰うのは結構嬉しい。授業へのフィードバックが書かれると、翌週にはすぐに実践される。ある時、受講者の櫨山さん・鈴木真帆さんが「おやつがあったらディスカッションがはずむのでは?」というアイディアを投稿し、その週からお菓子を差し入れる人が出てきた。牧先生の反応も素晴らしく、「色々なアイディア出して、implementationしていこう。授業担当者の「許可」はいらない。」 との事で、まさに授業自体がイノベーション実践の実験場だった。(最終的に、スタバのコーヒーをUberEatsで注文する。保冷バッグにヤクルトとこんにゃくゼリーを入れて冷たいおやつを差し入れる。など、どんどんエスカレートしていく事になる。ビールは持ち込む事はさすがに自粛した)
「学び」の哲学からの学び
8週間はあっという間に過ぎた。秋Qの土曜日は、読み込むケースが多かったり、金曜日の二日酔いが抜けなかったりとタフではあったが、何よりTOMという授業の場を存分に楽しんだ。途中、ハロウィンの時期には、直前の土曜日3-4限の総合経営の受講者も巻き込んで、仮装大会が行われた。キャンパスでは学部生も仮装していると思いきや、本格的な仮装をしているのはWBS生だけだったので驚いたが、学生らしいイベントで大いに楽しめた。
私の最大の学びは、自身の学びの姿勢を再考できた事。WBSという場では、受け身で学ぶだけでなく、場に対して少しでも貢献できるような関わり方を、TOM以外の授業でも実践していこうとモードを変えられた事である。同時に、授業内外での”仲間”との関わりの大切さに気づく事ができた。対面でのコミュニケーションが重視されたTOMの背景には、コロナ禍で希薄化してしまったコミュニケーションをどう取り戻すか、というテーマが背後にある。単に知識を得るだけなら、オンデマンドコンテンツが溢れる昨今では、リアルな場で仲間と一緒に学んでいるという感覚が、大きな価値である。
(ちなみに念の為補足しておくが、授業やゲストスピーカーからの技術・オペレーション・イノベーションについての”学び”も大いにあった。他の受講者が詳しく書いているため、そちらを是非読んでいただきたいし、実際に受講して体験してみることをお勧めする。)
結果的にTOM2021がどんな場になったかは、それぞれの各自の解釈があるだろう。少なくとも私は、自分自身を変えるきっかけになったし、これからも良い関係を続けていきたいと思える仲間と出会えた。授業としてのTOM2021は終わったが、せっかくのLearning Communityとしてのきっかけを頂いたので、この緩い関係はずっと大切にしたい。 何年か後に、オススメのお菓子をつまみながらイノベーションについて語り合う日を楽しみにしている。ありがとうございました!
次回の更新は2月4日(金)に行います。