[ STE Relay Column : Narratives 147 ]
甲斐 勇貴 「STEでの学びを実務で活かす」

甲斐 勇貴  / 早稲田大学大学院経営管理研究科 / ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社

[プロフィール]福岡県粕屋郡出身。小学から高校まで、プロを目指しJリーグのユースチームでサッカーに明け暮れる。福岡県立福岡高等学校を卒業し、早稲田大学スポーツ科学部に進学。2010年にジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社へ入社後、医療機器部門で糖尿病関連機器の営業・トレーニング部での経験を積んだのち、循環器不整脈領域で主にプロダクトマーケティング部にて多数の新製品導入を経験。現在はコーポレートストラテジー部で中期経営計画の策定や全社の戦略的優先事項に関するプロジェクト管理に従事。また、社会貢献活動として、株式会社ドワンゴが運営するN高等学校にてヘルスケア関連の講義提供等を実施。2021年4月WBS(夜間主プロ平野ゼミ)に入学。

■はじめに
私は2021年春クォーターに牧先生の「科学技術とアントレプレナーシップ(以下、STE)」を受講しました。結論から言うと、私の中では春学期のBest Classの一つでした。また、意外にも??実務に生かせると感じた点においては、一番と思える講義でした。
本稿においては、私が「なぜSTEを受講したのか」また「STEからどんな学びを得て実務に生かしていけると感じたか」を中心に述べたいと思います。(なぜBest Classだと感じたかについても文中で触れますが、牧先生が講義選択前に共有くださる講義の説明文と大きく相違はない内容だと思います)
前提として、私自身は文系出身者であり、これまで科学的思考に精通していたわけでも統計学に強いわけでもない(むしろ初学者であった)こと、また研究者となり今後重点的に科学的思考を突き詰めようとしていたわけでもない受講者であったことに言及させてもらいます。むしろ、根拠に基づきより高い精度で実務をドライブできるビジネスマンになるべく、本講義を受講しました。WBSは多様性に富んだ学生が在籍していると思いますので、少しでも参考としてくださる方が居れば幸いです。

なぜSTEを受講したのか
私がSTEを受講した理由は主に2つあります。
① 実務において、根拠に対する正しい見方ができるようになりたいから(前述の通り)
② 修士論文で定量分析を行う場合に備えたいから
上記に加えて、WBSで1,2を争い負荷が高いと言われる講義を体験してみたい、という興味本位な側面もありましたが、二次的なものであるため省きます。また、2点目についても本稿の主眼ではないため省略した上で、一点目に関して深堀していきたいと思います。
なぜ一点目のように考えていたかというと、キャリアにおいてベンチマークとするエグゼクティブリーダーの方(同じく文系出身者)が、ビジネス判断を下す上で、やたらと根拠となるデータや依拠する論文等について厳しく精査するのです。所謂科学的思考、と言われるものを実務においてうまく活用し、ビジネス判断を下しているように感じていました。STEを受講し終えた後に、科学的思考を実務に取り入れるという観点で、その重要性や考える切り口において何かヒントを得たい、という目的意識の基、STEを受講しました。

■STEを実務にどう生かせると感じたか
結果として、受講後STEは実務に大いに生かせると感じました。代表的な点を下記に示します。

【論文やデータを批判的に捉える力】
STEの中では約30本の英語論文を読み、要旨を掴むだけではなく、その新規性や妥当性について徹底的に議論します。特に妥当性に関しては、内的妥当性・外的妥当性・統計学的妥当性・構成概念妥当性それぞれの切り口である意味好き勝手に?論文を批判的に捉え議論するのですが、最初は見当外れだった論文の批判的検討が、後半になると徐々に見るべきポイントが掴めてきます。これは実務において論文やデータを根拠として判断を下す際に、大変役に立ちます。例えば、海外で販売されている新製品を国内に導入しようと考えたとき、海外のある国/地域での販売実績を基にBusiness Case(Assumption)を立てようとします。実務においては実証実験のように因果関係を明確にするためにしっかりとした研究デザインが設計されているわけではない(研究ではないため当たり前ですが)のですが、妥当性を少しでも高めるために、データの基となる国を特定しその国での規制を認識しておく、どの時期にどうやって誰が実施したものかを精査することで、国内の市場や規制等の違いを差し引いた上でAssumptionを立てることができます。つまりこれは、内的妥当性という点でバイアスがどうかかっているかを考える、外的妥当性という点では論文の汎用性を考える
という、STEで徹底して実施したプロセスと変わらないのです。
日ごろの業務においてこの視点を持てるかどうかは、ビジネスのRiskを最小化しながら判断を下していく上で非常に重要と考えます。
もちろん、ここには罠もあると考えており、実務においては、暗黙知や現場知のようなものから直感的に判断を下していくことも時に必要ですので、双方からのアプローチが必要です。しかし、いずれにしても、ある程度決まった切り口で、スピーディに、依拠する論文やデータを批判的に捉える癖がつく(素地が身につく)ということは非常に有益です。

【依拠するデータを作るための考察力】
STEの中では、統計学的手法も複数紹介してくれます。それらの一つ一つを講義の前後でしっかり学んだ上で頭の片隅に置いておくことで、実際に業務で活用できると感じた具体的事例がありました。事例の一つとして挙げるのは、Propensity Score Matching(傾向スコアマッチング)という手法です。STEの中で紹介されたのですが、その過程で実例を調べていくうちに、私が働く医療機器業界においては、よく使用されている手法だということがわかりました。例えば、医療機器の新規導入業務の際、医療機器の申請や償還価格の決定において厚生労働省や業界団体の方々とその有効性や安全性に関して、論文を基に意見交換をする機会があり、その際に実際に活用されているのです。製品の使用有無が患者さんの予後等に与える影響について、もちろんランダム化試験(以下、RCT)で実証できればよいのですが、RCTは時間もお金もかかります。その際、観察研究を疑似ランダム化研究として信頼性を補完するための手法の一つです。ここではその手法自体の詳細は割愛しますが、実務においては、ビジネス上の判断を下す上で、RCTができないから製品を導入できない、と諦めることをせず、専門部署との議論で「傾向スコアマッチングにより信頼性を補足できる選択肢はないか」といった前向きな対話の可能性が生まれます。

変化の激しい現代において、経営人材は、専門部署と協働しつつも、あらゆる分野の知識や経験を組み合わせて、新しい解決策を模索し、リスクを認識した上で判断を下していく力が求められると感じています。私はこのSTEでの学びがその一助となると確信しています。

■最後に
2022年以降もこのSTEが同じ形で継続されるのかどうか私にはわかりません。しかしながら、自分なりの目的意識を持って取り組む学生の皆様には受講をお勧めします。
これは主観の話になりますが、上記で書ききれなかった点として、牧先生の「学生の学びに対するコミットメントの高さ」には感服しました。それに付随して、皆さんそれぞれの関心度合いによっては、DE&Iの実践やファシリテーションの手法、ラーニングコミュニティの形成方法等も同時に学べるかと思います。STEの今後のさらなる発展を期待しています!
ありがとうございました。

以上

 


次回の更新は10月1日(金)に行います。