[ STE Relay Column : Narratives 138 ]
根来 龍之 「『科学技術とアントレプレナーシップ』は WBSの中心においてはいけない授業」

根来 龍之 /  早稲田大学ビジネススクール教授 

[プロフィール]京都大学文学部哲学科卒業。慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。鉄鋼メーカー、文教大学などを経て、2001年度より早稲田大学教授(現職)。
早稲田大学IT戦略研究所所長(現職)。経営情報学会会長、国際CIO学会副会長、組織学会理事・評議員、Systems Research誌Editorial Board、Systems Practice誌International adviser、英ハル大学客員研究員、米カリフォルニア大学バークレー校客員研究員などを歴任。他に、エグゼクティブリーダーズ・フォーラム代表幹事、CRM協議会副理事長、経済産業省IT経営協議会委員、会計検査院契約監視委員会委員長、IT Japan Award審査員、自動車工業会JNX運営委員、国際IT財団理事、日本パブリックアフェアーズ協会アドバイザーなどとして実業界にも積極的に関わってきた。
経営情報学会論文賞を3回受賞している。
https://www.waseda.jp/fcom/wbs/faculty-jp/6059

ある立場を突き詰めている授業

 教員は他の先生の授業をもっと積極的に聴かせてもらうべきだと思います。授業の進め方を含めて必ず学ぶことがあります。今回、私は2021年度春クォーターの「科学技術とアントレプレナーシップ」の授業を聴講させてもらって、とても勉強になりました。専門分野が違うので、実は今回見せてもらった論文は1本も読んだことなかったので、まずそれが私には勉強になりました。それから私が詳しくない統計手法がいくつか出てきて、それを勉強する機会になったので、個人的にはとても勉強になりました。
 この授業が良いと思うのは、ある立場を突き詰めている授業だということです。ある立場を突き詰めての授業は、下手に妥協している授業よりも面白いし、むしろ勉強になると思います。だから履修した人にとっては負荷が高いけど、勉強になったと思えるならば、それは良い授業なのだということです。僕の授業、例えば月曜日にやっている授業「経営学の理論と実践」も、そういう評価を受けられれば良いなと思うタイプの授業です。

ビジネススクールの王道の授業とは?

 少しネガティブなことを言うと、私の上記の科目もそうなのだけど、この科目は決してWBSの中央にいてはいけない科目だと思う。これは傍にいなくてはいけない科目です。つまり王道ではない。ビジネスクールに対して牧さんが暗黙に考えていることは、僕は王道ではないと思う。僕はビジネススクールでは、そんなに、「科学、科学」と突き詰めてはいけないという意見です。実務に科学が必要ではないとまでは言いませんが、実務は理念と直感と科学で成立するものであり、大きな選択ほど科学よりも理念と直観が重要だと思います。また、実務には分析力だけでなく、人を巻き込む人間力が必要です。科学を突き詰めるのは経営者ではなく、研究者の役割なのです。そして、研究者と経営者はそう簡単に両立しない仕事です。そもそも、研究者には専門性が必要ですが、経営者は総合する人でなければならない。
 ビジネススクールのもう一つの極端な事例は、ケースメソッドばかり扱う授業。ハーバード・ビジネス・スクールが典型ですが、その大きな特質は当事者主義であることです。ハーバードスタイルのケースには意思決定する主体がいる。そして、その主体の立場で意思決定するための分析や討議を行うのがケースメソッドです。科学を突き詰めることで一番良くないのは当事者意識を失ってしまい、客観主義になってしまうことです。それは、ビジネスの現場で求められていることとは違う。
 しかし、ケースメソッドだけの学校も極端だと思う。ケースメソッドは理論を学ぶ方法としては効率が悪い。理論が解決策を自動的に教えてくれることは少ないのですが、理論を学ぶことが実務の分析力を高めることは確かです。結局ケースメソッドが半分くらいの構成が一番王道なのかな、と思うのです。私が秋にやっているコア科目の「経営戦略」はケースメソッドを半分、理論を半分やっています。このような形式がビジネススクールの王道だと思います。
 牧さんのこの「科学技術とアントレプレナーシップ」の授業は、統計学検証を行う力をあげたい人、そういう修士論文を書く人にとっては、とても役に立つ。そういうことをやりたい人にとってこの授業は不可欠です。だけどWBSの修士論文はそういう実証主義の論文を目指しているわけで必ずしもない、という点も大切です。
 私は、自分を実証主義者だと思ってないし、かといって、直観主義者でもない。そもそもアートとサイエンスっていう昔からの対立軸は無意味です。アート対サイエンスという対立軸ではなくて、ビジネスにおいては当事者が将来にむけて因果関係の確信をどう高めるかが問題なのです。そのためにはアートもサイエンスも必要です。因果関係の確信をどう高めるかの方法として、ある場面では、RCTもあるし実験もある。だけど実験もそんなに万能ではない。だから私は実証主義者でもないし、直観主義者でもないという立場をとっています。

ビジネススクールは研究者養成の場ではない

 もう1点、勉強好きの人にはあまり抵抗感はないのかもしれないけども、この授業の一番良くないところは、研究者マインドを育ててしまう所です。卒業後にビジネスパーソンがManagement ScienceやSMJを読んでいたら、それは病気です。卒業した後にこの授業のTAになって、更にManagement Scienceの論文を読んで、という人は博士課程に行きたくなってしまう。博士課程に行く人を育てるのは、ビジネススクールの本質ではないのです。そういう人がいてもいいけど、それは絶対的にマイノリティでなければならない。博士課程に進む人が多いことを自慢する学校はビジネススクールとしては失格です。ちなみに、私自身もダメな見本です。ビジネススクールを卒業して研究者になったので、見本にならないのです。
 ビジネスクールは、大学の先生を養成する所ではない。経営者を目指す実務家を生み出す所なのです。ビジネススクールは、ビジネスの当事者を生み出さなくてはいけないのです。冷静な客観的分析を行う人を輩出したいわけではない。情熱をもって、独自のビジネスを生み出す人を養成したいのです。ビジネスをする人は「研究、研究」なんて言っていてはダメなのです。お客さんところに行くことの方が重要だし、自分が確信を持てることをいかに突っ走るかが重要で、科学は知っている人はスタッフにいれば良いのです。はっきりいって、経営者としては、実証主義者は使い物にならないと言ってもいいかもしれません。

 ということで、色々と良いところもあるけど、この授業は偏っている。でも私の授業も偏っているし、最終的には学生の皆さんが色々な多様性の中から学べれば良いから、多様性の一つとしては抜群に良い授業だと思っています。

注)この原稿は「科学技術とアントレプレナーシップ」最終回の授業時での根来氏のコメントを文字起こしし、ご本人の加筆・修正の後、まとめました。

 


次回の更新は7月16日(金)に行います。