重田 雄基/三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
私はここ1年半程度、牧先生との共同研究という形で、とあるファンディングが研究者の業績やキャリアに与える影響というテーマについて、データセットの構築から計量分析手法、先行文献の紹介、効果的なプレゼンテーション手法など多岐に渡るご指導をいただいている。このコラムでは、当初、計量分析の知見がほぼ皆無、初回のミーティングでは牧先生の発する言葉が何語かも分からない状況から、何とか学会発表するまでに至った1年半程度の個人的経験を振り返ってみようと思います。
●なぜ牧先生なのか?
私は、普段の業務では、研究開発やイノベーション政策に関する調査研究に従事しています。具体的には、関連分野の政策立案に資する調査や、ファンディング・エージェンシーの研究開発事業のフォローアップ調査、大学の研究開発テーマ設定に向けたご支援など、幸いにも中央官庁や大学、スタートアップ企業等の様々な方々とお仕事をさせていただいています。調査手法としては、特にヒアリング調査による定性的な分析を好んでおり、科学・技術研究者の先生方や中小・スタートアップの経営者の方々とお話しさせていただく中で、何とか自身も価値を出さなくては…と、この分野の知識も走りながら身に着けてきました。こういった多くの叡智に接する中で、「実用化・出口志向の高い研究を通じて、新たなサイエンスの研究テーマが生まれる好循環」を創出している先生に出会う機会が何度かあり、総じてそういった先生方は研究ビジョンが明確で、研究に留まらず実社会へのインパクトのある活動をされているケースが多く、とても魅了されました。そして、こういった個人をより多く輩出しやすくする「個にフォーカスした科学・技術政策が重要ではないか?」という問題意識を持つようになっていきました。
そんな中で目にしたのが、牧先生の「スター・サイエンティスト」に関するコラムでした。自分が定性的にボヤっと感じていたことが、定量的に示されていたので、このインパクトの程度は、その年二番目の大きさでした(ちなみに一番目の感動は子どもの誕生)。牧先生ならば、自身が日々の業務の中で定性的に感じていることを、この分野の学術的な知見から読み解いて、研究として昇華させるお手伝いをしてくれるのではないか?という、勝手なる期待を膨らませていました。ということで、早速お会いしてみようとアポと取ったのですが、当初は共同研究という形になるとは想像していませんでした。
●なぜ共同研究をすることになったのか?
牧先生にお会いするにあたっては、予め二つの要望を持っていきました。一つ目は、先述した問題意識があり、それを追求するに当たって、当時進行中だったとあるファンディングの追跡調査の中で実証研究を行える可能性があるということ。二つ目は、私自身の計量分析のスキルが皆無に近いため、しっかりと必要なスキルや知識を身に着けるトレーニングもしたいということです。特に二つ目について補足すると、業務の中では、既存の統計情報の整理やアンケート調査の実施・分析を行う程度の定量分析は行っていたのですが、統計学や計量経済学に関する知識やスキルは、お恥ずかしながら皆無でした。ちょうど、定性的な手法だけでは行き詰まりがあることを感じており、自身の研究員としてのジャンプアップのためにも、必要であれば、大学に入り直してしっかり勉強した方が良いと考えていました。
この二つの要望に対する牧先生のリアクションは、「リサーチクエッション自体は良いと思いますけど、この論文を参考に研究計画を具体的にしないとダメですね。あと、お金も必要なので…共同研究の枠組みでお願いできますか?」「大学に入り直すより、共同研究を進めながら知識やスキルを吸収する方が良いと思いますね。まず、この本読みました?これは入門として良く、こっちはスキルを補うために…」と、私が前進するために必要な課題を山積みにしていただいた。ただ、大量の課題をドサッと山積みにされたのではなく、登るべき山はどれだけの高さであるか?どういったルートが向いているか?登山に必要な準備は何か?を明確にしていただいた感じでした。牧先生は、このようにゴールから逆算した戦略を事前に明示していただけるので、個人的にはとても進めやすかったです。
なお、今回の共同研究は、とあるファンディング・エージェンシーから受託している調査研究の中で、制度としての指標を開発することを目的に実施しました。一般的に、調査研究の場合、このような成果が出るかどうか分からない研究にゴーサインが出ることはないので、このような研究活動をご快諾いただき、研究に必要な情報をご提供いただいたことは、大変有難かったです。また、このような半個人的な活動であっても、中長期的な将来投資と捉えて応援してくれる自身所属企業の組織文化・風土も、今回の共同研究が行える基盤となっています。このような恵まれたベースがあったことも、共同研究を行う前提としてとても重要だと改めて感じました。
●どのように共同研究を進めていったか?
実際に共同研究がどう進んだのかと言いますと、基本的には月1回程度の1時間のミーティングのみです。というと、かなり軽い感じに聞こえるかもしれませんが、当初は牧先生の言っていることが、半分以上はチンプンカンプンだった私です。「これOLSだと思うのですけど、Negative Binominalの結果はどうでした?」と言われると、心の中では(「え?ねがてぃぶバイオ?英語耳が悪いせいで聞き取れなかった?何それ?」)という感じでしたので、ミーティング後はそのキャッチアップから始まり、その意図を理解するために関連書籍に手を広げるなど、あまり余裕はありませんでした。ただ、そういったプロセスを繰り返していくうちに、「こういう理解で合っていますか?この解釈はこう考えて良いですか?」と、徐々にディスカッションらしくなってきたように思います。ただ、減ったとはいえ、今でもミーティング中に知らないワードが出てくることは変わりないのですが。。。
なお、研究一本という訳ではなく、他の調査研究プロジェクトも複数本、同時進行的に動いています。そのため、年度末の繁忙期になると、とても研究に手が回らなくなり、牧先生にミーティング延期のお詫びをして、2~3カ月程度何も進まなかった期間もありました。これは非常にもったいなかったなと後悔しています。この繁忙期にはヒアリング調査をすることも多いため、潜在的なリサーチクエッションが生まれやすい時期だと思います。しかし、研究をストップしてしまうと、それは思いつきや気づきの域を出ず、時間の経過とともに忘れ去られてしまいます。この時期に、もう少し無理をして、少しでも研究に時間を割けていれば、他の調査研究との相乗効果も大きかったのではないか、そのような後悔が残っています。
●共同研究で得られるものとは何か?
共同研究には、いくつかのタイプがあるのかなと思います。学術的・専門的な知識を企業に伝授する「インプット型」、企業の不足するリソースを大学が補う「補完型」、双方の知見を融合する「共創型」などでしょうか。最近は委託による共同研究が増えて、企業も足元の成果をしっかりと求めるようになってきており、「補完型」が増えている印象ですが、今回のケースは先述から分かると思いますが、「共創型」に近かったのかなと思います。これも先述の通りですが、私自身が学ぶことを目的の一つにしていたこともあり、それを踏まえて牧先生がこのタイプを選択いただいたのだろうと思います。
とはいえ、私の方には知見はなかったので、手を動かしてデータセットを構築して、水色表紙の入門書を片手にStataを回して、統計学の入門書に基づいて結果を解釈して、論文から先行研究を踏まえたコンテクストを拝借して…と、こちら側からは知見というより手数をかけた材料提供に終始していた感も否めません。しかし、手数をかけるからこそ、スキルが身に付くばかりでなく、データを細かくみることで、例えば「共著関係の継続年数から、産学共同研究による共著か、卒業生が学生時代にやって共著のように見えているかを見極められるのではないか?」とか、「ファンディングの認知度向上という目的を置くと、謝辞に支援を受けていると書いている研究者の共通項が抽出できれば、同様の共通項を持つ研究者を高く評価しても良いのではないか?」など、新たな気づきを得ることができました。ちなみに、これらはいずれも良い成果にはなっていないので、生産性・効率性という点では無駄だと思うのですが、この試行錯誤のプロセスが、結果的にスキルや知識を高めた側面もあると思います。よく「技術は人に紐づいて移転される」という主張を聞きますが、これは、技術は取り扱う人の経験・プロセスに紐づく側面があるということだと理解しており、今回の研究を通じて、そういった側面も実にあるなと実感することができました(牧先生の知見をどの程度私自身に移転できたかは怪しいところですが…)。
もちろん、招聘研究員にしていただいたことで、大学や研究室のリソースを活用させていただいたことも大変有難かったです。そして、学会発表できる程度の結果を出せたことで、クライアントからも評価していただきました。ただ、個人的に最も得られたと感じているのは、「自分自身にとって新しい知見や手法を使って、問いに向き合う機会」でした。牧先生には、私だけでなくステークホルダーの意図を汲んで、俯瞰的にプロジェクトをマネジメントいただき、良質な知見や手法をタイミング良く提供いただいたことで、着実に前進することができました。
そして、牧先生とのお話の中で新たなリサーチクエッションが派生的に生まれてきています。今後、どういったプロジェクトができるのかも楽しみです。
次回の更新は11月27日(金)に行います。