佐々木 宗昭/早稲田大学経営管理研究科 ファイナンス専修/三桜工業株式会社
社内公募を機に、2019年4月より早稲田大学大学院経営管理研究科ファイナンス専修に入学。最近の課題は運動不足と肩こり。
はじめに
今回のSTE Relay Column Narrativesでは、牧さんの新設科目「Lab to Market:科学技術の商業化と科学的実験」(以下、”L2M”)を履修して感じたことについて書く。「Narrative」について私は「主観による物語表現」と理解しているが、新設科目ということもあり、この場では、どんなコースだったかの客観的情報を共有することも有用ではないかと考えた。この為、本稿では、まずこのコースの内容を簡単に記載した上で、後半に私のNarrative(授業で経験したこと・感じたこと)を記載する。
牧さんは「良いTakeawayとは、学んだものそのものではなく、抽象化、具体化して深めたものである」と仰っていたが、後半部分は私の主観による解釈が入る分、牧さんの認識から離れる可能性があることをご了解いただきたい。
L2Mはどんな授業か
L2Mは、「科学技術の商業化」と「科学的実験」をテーマとする授業だ。牧さんは、「ずっとやりたかった授業を遂に実現できた」と語っていた。今回の夏クォーターは、7週14回のオンライン授業を通して、①関連するトピック(CreAction型アプローチ、特許調査、仮説検証サイクル、エレベーターピッチ、ランダム化テスト、統計的検定、組織的な仕組化、Narrative、他)を学ぶ講義と、並行して、②技術シーズの商業化プラン提案に向けたグループワークで構成された。
①の関連トピックの学習に当たっては、Harvard Business Publishing Educationのケース、シミュレーション教材や自習教材が用いられた他、オンライン講義という制約を逆手にとった、多彩なゲスト講師陣のレクチャー(九州や米国といった遠隔地からの講義、また短時間のスポットレクチャー等)も盛り込まれた。
②のグループワークは、割当てられた技術シーズについて、Quicklookという技術評価のフレームワークを用いて技術の調査・評価を行い、最終回で商業化への方策を提案するという課題だ。この技術評価プロセスは実務家や有識者へのインタビューを含む調査(実験)であり、その為の準備方法に関するレクチャーや、授業に協力して下さるメンターの方々とのセッションも授業の中で設計されていた。
授業はこれら2つの活動軸に沿い、他の牧さんの授業同様、毎回分刻みでたっぷりと詰め込まれたボリューム感で進行し、更にそれを補足する仕組みとして、毎授業後に提出する「貢献シート」や、「オフィスアワー」が設定された。「貢献シート」は、授業での学び・感想・意見を他の学生と共有するツールで、この記入に対するインセンティブを設けることで、授業外での学生同士の学びが促進される仕組みだ。「オフィスアワー」は毎週授業とは別に設定される(任意参加の)牧さんへの相談の場であり、授業・グループワーク・課題に関する疑問等があればこの場で質問することができた(授業の学習トピックの通り、授業外でもフィードバックを得ることでPDCAをより多く回す為の場にもなっていたと思える)。
L2Mでの私の経験
私にとってのL2Mは、講義の学びも大きかったが、それ以上にグループワークの印象が特に強い。私たちのチームは、早大笠原博徳教授の「マルチコア技術」について検討することになったが、当初、技術への知見も人脈もない中、研究者の方が長らく考えてきた商業化案に新たな知見を加えることはとても難しく思えた。案の定、調査は難航し、調査先の当てもなく、WBS学生のFacebookグループでヒアリング先を募集してもなかなか調査先との人脈には繋がらなかった。
そんな中、授業内で企画されたメンター諸氏とのセッションで、私達のチームから技術概要と共に「こういう相手を探しているが人脈がない」と相談したところ、メンターの皆様が非常に親身になって対応・助言・及び関係者紹介をしてくださり、結果的にはプロジェクトを通じて6件の実務家インタビューに繋げる事が出来た。メンターの皆様も必ずしも専門分野ではない中、「こういう人に聞いても良いのでは」と、当初想定よりも対象を広げてヒアリング先を探して下さったり、更に職場の同僚の方づてでヒアリング先を紹介してくださったりと、振り返ると、共に考えて下さったメンターの方からの創発的なサポートのお陰で調査が加速したばかりか、その厚みが大きく増した。こうして得た実務家のフィードバックは最終審査会でも評価頂き、また発明者の笠原教授からも前向きなフィードバックを頂くことができ、私にとって忘れられないプロジェクトとなった。
L2Mのポイント
L2Mを受講して考えたこと、感じたことは多いが、ここでは、この授業の特筆点のうち大きく3つを紹介したい
1) 牧さんコミュニティの力
アカデミックな大学教員には、研究、教育という二つの側面があると思う。過去2回の牧さんの授業の履修を通し、私は「牧さんの『教育』の質の高さは凄い」と感じていた。学生の学びを第一に考え、授業にストイックに取り組まれる牧さんの授業に対する評価は、皆さんにも賛同いただけるのではないかと思う。
今回、L2Mの履修を通して、そんな私が認識していた二軸に、「コミュニティ構築」という要素が加わった。実際、牧さんは今回の授業の目的の一つに「WBSを基盤とした科学技術の商業化のエコシステムの形成」と挙げ、「教育がコモディティ化する未来の大学の役割」という話の時には、この「エコシステムの提供」を大学の果たすべき機能と仰っていた。
そして、私にとってはまさに、この3つ目の側面における「牧コミュニティの力」を実感したL2Mであった。前述の通り、L2Mのプロジェクトを進める上で、この授業のメンターコミュニティの力は非常に大きかった。最初、自分達のネットワークでは繋がらなかった人脈が、メンターの方々に相談したところから歯車が回り始め、広い知見に繋がることができた。自分たちのネットワークと、この授業のメンターコミュニティ、この二つの決定的な違いは何だったのかというと、それは専門性や知識の違いではなく、ネットワーク上の皆さんが「何とかして貢献しよう」と考えて行動して下さったことなのだろうと強く感じる(実際、メンターの方も専門外の領域について「もしかすると有用かもしれない」と繋いでくださったケースも多く、それが結果的に調査の厚みに繋がった)。そして、そうした思い(ソーシャル・キャピタル)があるコミュニティは、牧さんのこれまでの活動の成果なのだろうと推察される。
本コースを通じて、「未来の大学の価値」として牧さんが仕掛けるエコシステムの力を実感することができた。「修了後は、過去の履修者がメンターに。エコシステムへの継続的参加。」(「この授業の目指すこと」より)と企図される様に、いつか恩返しの機会に遭える様、今後継続的に本エコシステムに携わっていくことを楽しみにしている。
2) 見て、聞いて、やってみる実験文化
山本五十六の言葉で「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」というものがある。本授業での大きなテーマの一つ「実験」について、この授業は正にそのような場だったのではないだろうか。牧さんは、この授業で実験について教える一方、それを教える中で自ら多くの実験を行っている。例は枚挙に暇が無いが、オンラインツール(MIRO、mmhmm)の利用や、授業感想の学生相互コメントに基づく評価(評価の民主化)、授業の進行方法、そして「最終回授業の理想の終わり方」に至るまで、、、履修者はL2Mで実験文化を学びながら、多くのトライアンドエラーが眼前で繰り返される様子を目にしてきた。勿論、全てがうまくいくわけではないが、「例え失敗した場合もその失敗が学習となり次に繋がる」、、、というのがCre-Action型アプローチの考え方であり、本授業は、それを言行一致でロールモデルとして示す牧さんから、理論と実践の両面で「実験」を学べる場であると言える。
3) 「学生の便益」への焦点
本授業の3つ目のポイントは、「学生の便益」に焦点が当てられている事だ。これは、牧さんの講義全てに該当すると思う。
この授業では、タイトルである「科学技術の商業化と科学的実験」が一貫したテーマとなっている一方、扱う内容はその範囲に留まらない。エレベーターピッチの体験や、オンラインツールの利用、効果的なNarrativeの手法、または早大オープンイノベーション戦略機構とのネットワークに至るまで、本来のテーマを越えて「学生にとって何が有益か」という目線で牧さんが選んだコンテンツが多く散りばめられている。必ずしも特定分野における網羅的な知識移転を行うものではないかもしれないが、限られた時間の中で、学生には多くの問題が提起され、その先の学習に対するサポートも最大限に行われる(メンターの設置や、オフィスアワーの様に)。あくまで「学び」の主体は学生である以上、コースとしては、できるだけ多くの課題を提起して学生の主体的な学習意欲を引き出した上で、その学習を最大限サポートする仕組み、体制を提供するというスタンスなのだろう。
牧さんの記憶にあるかは分からないが、以前、牧さんと「僕は自分が考えるほど頭が良くなかった」(https://b.log456.com/entry/20120110/p1)というエッセイについて話した際、「自分には『なりふり構わず自己を曝け出して必死で学ぶ』という経験がこれまでに無い」という話をしたことがある。今回のL2Mでのプロジェクトで経験した「知識の無い自分を曝け出し、知らない人を巻き込んで、情報を集めるプロセス」は、まさにそんな自分の殻を破る機会だったし、不安や恥ずかしさから今まで避けがちだったそんな行動の先にある学びを知ることもできた。
こんな風に、全体を俯瞰して見返った時に、学習するトピックから一つ抽象化したレベルでの学びが設計されているのが「牧さんの授業」だ。
おわりに
L2Mは、扱う技術シーズによって、また人によって、コース内での経験や学びも大きく異なるタイプのコースだと思う。ここまで長々と書かせて頂いたものは、あくまで私の視点から感じたものであり、受講生の数だけのNarrativeが存在する。私からの一つの視点として、今回始まったL2Mがどのような取り組みか伝われば幸いである。
謝辞
本文にも記載した通り、本授業のプロジェクトを通し、多くの方のご協力を頂きました。私たちが担当した技術の発明者の笠原先生はじめ、メンターとして貴重なご意見を下さいました高山さん、そしてヒアリング先のご紹介においてご協力いただきましたメンターの菅さん、鈴木さん、池田さん、渡邉さん、そして何より素敵な場を作ってくださった牧さんとTAの川村さん、関田さんに深く感謝申し上げます。
また、チームで共に考えて下さった渡久山さん、長島さん、水谷さん、おつかれさまでした、最後までありがとうございました!
次回の更新は9月4日(金)に行います。