[ STE Relay Column : Narratives 077]
土肥 淳子「 リスク回避型の社内文化を変えるビジネスモデル 〜 ケースライティング『Global Catalyst Partners Japan』〜」

土肥 淳子 / クラスメソッド株式会社

[プロフィール] クラウド導入支援を中心にITコンサルなどを行うクラスメソッド株式会社にて、広報を担当。WBS稲門会幹事としても活動。
2006年慶應義塾大学文学部卒。独立系システムインテグレーターにてSEとしてシステム導入支援やツール開発を行った後、BtoBプロモーションを経験。2014年にSBエナジーへ転職後は、主に広報業務を担当。2019年にクラスメソッドへ転職し、引き続き広報としてキャリアを積んでいる。
早稲田大学ビジネススクール(夜間主総合コース)には2016年に入学し、根来龍之ゼミに所属。2018年に同修了

「ウチの会社はリスクを取らなさすぎる」…WBSに在学中、大企業に勤める学友から幾度となく異口同音に聞いた言葉です。
GCPJ(Global Catalyst Partners Japan)のSSI(Structured Spin In)モデルは、この課題に現実解を与えつつベンチャー経営者を育成することを目的にしています。
身近な課題意識に対するケースライティングは、理論と事例の読み解き方、実務への応用を学ぶ良い機会となりました。
本ブログでは、ケース概要をご紹介しつつ、ケースライティングからの学びをお伝えします。

## WBSの学生が当事者になりうるケース

今回ケースに取り上げたGCPJのSSIプログラムは、日本の大企業の中で新規事業に取り組もうとした時に直面する様々な課題への解決策として考えられたものです。
ケースはGCPJの代表である大澤さんへのインタビューを中心に、日本の起業環境などの情報を加えて構成しています。

新規事業がなかなか実行に移されない、または育成が進まない理由として、ケースでは大きく2つの課題が想定されています。
一つは組織のあり方、もう一つは個人のキャリア形成に関する課題です。いずれもリスクを重く考えてしまい、はじめの一歩が踏み出せない状態にあるというのが、共通する点です。

企業勤めの経験がある人なら、組織のリスク回避的な判断が足かせになっていると感じたことの一度や二度はあるはず。全く経験がない人は、ものすごく恵まれているか、自分自身が保守的になってしまっているか、どちらかです。WBSの学生なら、後者に属する人は少ないでしょう。
大企業ならではのガバナンスや利益目標、製品・サービス、本業とのカニバリなど様々な制約により、早期の事業撤退や、事業の立ち上げ自体にストップがかかる例も多いものです。大澤さんはベンチャー企業なら試行錯誤は当然で、失敗も含めた経験を得るからこそ、経営スキルが身についていくと言います。

個人のキャリア形成の観点では、失敗からのリカバリーが難しい日本の人事評価の様相が指摘されています。新規事業に取り組むことを傍流とする大企業内の価値観や、新規事業での失敗により出世コースから脱落する評価制度などです。これは大企業の話だけでなく、起業家にも同様の見られ方があります。
近年は日本でも再チャレンジの機会は増えつつありますが、大企業の社員が新規事業や独立起業に挑戦するには、いまだに二の足を踏む社会・文化・国民性であるよう

## 新規事業と起業家の母数を増やす取り組み

GCPJのSSIプログラムは、ベンチャー企業を大企業のしがらみから切り離して、新規事業・起業家の母数を増やすことを目的としています。
SSIプログラムの対象社員は、大企業に籍をおいたままGCPJが立ち上げるベンチャー企業に出向し、大企業のガバナンスの外に身を置いて経営を経験します。出向元の会社は新規事業の立ち上げをGCPJの立ち上げたベンチャーに任せ、成功すれば、のちに子会社化することも検討できます。
ベンチャー経営経験を経て、大企業に戻るキャリアモデルを作ることで、大企業の社内文化を変えていくことも狙いの一つです。

大企業社員が多いビジネススクール生は、自社へのSSIプログラム採用や自らベンチャーへ出向の機会もあり得ます。リアルタイムの事例であり、実務へそのまま導入することすら考えられる点で異色のケースになりました。

## ケースの学び方:抽象化と実務への応用

牧さんのTOM講義では、ケースの学び方について、「抽象化と実務への応用」を繰り返し伝えられました。とはいえ、ケースの個別詳細に注目してしまい、抽象化を意識することは難しいものです。
このケースでは、大澤さんの日本の起業環境に対する問題提起と、大企業における新規事業の取り組みへの課題意識が、ビジネススクールで学んだ理論を当てはめてみるためのガイドになっていると思いました。

SSIモデルが解決を試みる、大企業で新規事業を起こす際の課題は「イノベーションのジレンマ」の例としても理解を深めることができます。事業ノウハウや技術知見の保有に関する課題や、ベンチャー経営を通じた人材育成については「SECIモデル」で解釈することもできるでしょう。
また、新規事業開拓と本業の深掘り双方を進める「両利きの経営」を実現するビジネスモデルとしてSSIを考えることもできます。

私自身はケースを文章化していく作業以上に、これらの理論を意識しながら松田さんとティーチングノートを作成する過程が一番勉強になりました。
学生から出てくる発言を予測しつつ、理論を意識して漏れがないように板書の要素をあげていくことで、理論に基づいた思考軸を意識することができました。本来であれば、現役の時に身につけておくべき読み方だったかもしれませんが、TA経験を経たからこそ、学ぶことができたように感じています。

## 講義当日:受講生の反応

講義当日は大澤さんにも同席いただき、学生の意見に対して直接コメントをもらえる機会となりました。
予想通り、学生からは実務意識を反映した意見が多く出てくることとなりました。企業の人事担当や、HR業界経験者からのコメントは、特に日本の人材市場の流動性の低さを実感させる、重たい意見でした。
事前に用意したティーチングノートにても、松田さんと時間をかけて要素を洗い出していたのですが、多様な業界、職種が集まるWBS学生からの意見は想定を超えるものでした。

授業のTAとして、これまで牧さんが議論をファシリテートする際に、学生の発言を抽象化したり、理論に繋がるよう誘導したりする様子を見てきましたが、本講義においては、学生に特に自由に発言させていたように感じました。おかげで、私も実務からの貴重な意見を収集することができたと考えています。
同席していた大澤さんや、ケースのリバイズのために意見の収集を意図しているのかと考えていましたが、もしかしたら単にティーチングノートがこなれていなかった故かもしれません。実務からの意見に理論を当てて議論できるようになったら、ケースとしてさらに価値を増すのかと思いました。

懇親の場には大澤さんにもご臨席いただき、キャリア相談の様相を呈していました。VCの立場から事業創造を語る、大澤さんの熱のこもった言葉には、参加者の皆が相当な刺激を受けたと思います。

## おわりに

このケースは松田大さんがインタビューを行い、私はケース作成の途中から参加いたしました。インタビューの書き起こしや、調査データを元にケースにまとめていく作業は大きな学びとなりました。
また、松田さんとティーチングノートを作成することで、講義の設計やファシリテーションの準備背景を学ぶことができたことも、自分にとって大切な収穫です。この機会をいただいた牧さんには大変感謝しております。
ケースの仕上げにあたり、石井美季さんに校正いただきましたこと、多大なご協力に深く御礼申し上げます。
なによりも、ケースの執筆にあたってご協力いただいた大澤さんには、心から感謝いたしております。


次回の更新は2月7日(金)に行います。