松田 大 / 早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター 招聘研究員 / 中外製薬株式会社
イントロダクション
牧ゼミ1期生 ゼミ長の松田です。私のリレーコラムは今回で3回目となります 。今回のテーマは牧さんが担当された『技術・オペレーションのマネジメント(日本語)』(以下、TOMJ)のティーチングアシスタント(以下、TA)として、2019年9月末から11月末までの2か月間にわたって過ごした日々を振り返りたいと思います。TAは実施者側なので手前みそになるかもしれませんが、それでも声を大にして言いたいことは、2019年のTOMJはたった8回の講義とは思えない濃い時間であり、非常に協力的でかつ刺激的なラーニングコミュニティになったことです。私にとってTOMJは2年前に履修して、とても刺激を受けて、牧さんのゼミに行こうと決めた講義です。そのTAを担当するという話を受けたとき、あの知的好奇心が刺激される白熱した講義の臨場感に再び入り込める高揚感の傍ら、ハロウィーンの仮装が憂鬱なのと、ちゃんとTAという役目を全うできるのかという不安が交錯するような心境でした。このコラムでは、TAの視点から、講義を通じて得たものを大きく4つに分けてご紹介したいと思います。
① 大きく様変わりしていた講義構成:高速PDCA、テクノロジーの活用
講義で感じたことの一点目。まず目に入ってきたのは、様々なテクノロジーを使いこなし、講義の細部にまできめ細かく様々な仕掛けが散りばめていました。事例から理論を抽象化し実務へどう落とし込むかを、究極にまで考え込まれていました。牧さんは学びをすぐに実践に落とし込むため、細かくPDCAを回して、講義を改善していくことによって、誰も追いつけないレベルにまで講義のクオリティを上げられていました。そんな牧さんを見て、もっと自分も頑張っていかないと、といい刺激を受けました。
いくつか事例を紹介します。そもそも、牧さんの講義のTAってキツそうですよね(笑)。その守備範囲は一体どこまでなんだろうか。全く読めていない中で初講義の日を迎えました。講義前、2年ぶりにシラバスを深く読み込んでみると、なんとたった2年の間に1/3くらいは構成が入れ替わっておりました。そんなに改変して大丈夫なんだろうか。さらに新しい仕掛けやテクノロジーもたくさん採用されていました。例えば、休憩やちょっとした合間の時間にその日のテーマや雰囲気に合わせた音楽(s.achool, ACTIVE など)を流したり 、隣の人とのディスカッションにおいても2分、3分といった時間を厳格に管理するためにタイマーをセットしたり、声にしにくいような質問も拾い上げるためにSli.do をフル活用したり、全日の講義とのインタラクションを生み出すためにOperationのゲームで競わせたり、早稲田ではなかなか浸透しにくかった大量のプリントの一部電子化を試みるなど、ここでは書ききれないことも多々ありますが、とにかく慣れるまでは結構大変でした。しかし、一つ一つが丁寧に作りこまれていました。
② 遠隔講義で一気に形成されたラポール
2点目は、そんなきめ細かい仕掛けと教員と履修者の熱意によって生まれたラポールです。ある瞬間を境にして生まれた参加者の一体感によって、講義のクオリティが一気に引き上げられた瞬間がありました。さらに、その後の議論が活性化しはじめると、今度は学生のクオリティの高さに驚く日々でした。こういうラーニングコミュニティの発生とその輪に加われることは、とても幸せなことだと思っています。鶴岡へのスタディツアーや様々なイベントなど引き続き関係を繋いでいけると良いなと思っています。
ちなみに、どんな瞬間にラポールが形成されたと思いますか。私は自信を持って空気が変わった瞬間があったと感じています。それはUBERのケースを取り扱った日でした。皆さんよくご存知のUBER。Uberizationという単語まで登場するほどパワフルで、ビジネススクールでは頻繁に取り上げられております。実際に打ち上げで実施されたアンケートでも、履修生の間で最も印象的なテーマとして挙げられておりました。
ただ、それだけではラポール形成はできなかったのではないかと思います。というのも、実はこの日は試験的にZoomを用いたオンライン講義が行われました。Zoomによる遠隔講義とUBERはラポール形成にとってどのような影響があったのでしょうか。理由は二つあります。一つ目はZoomの多様な機能をフル活用してインクルーシブな新たな取り組みにもチャレンジしたことです。Zoomには挙手、poll、コメント、動画やスライド共有など様々な機能があり、講義ではそれらをフル活用しました。さらに、聴覚にハンディのある方のために、字幕自動作成機能と、手話サポートの方には講義とは別回線で手話を伝えていただきました。このような遠隔サポート、また、小グループのディスカッションでは、通常であれば隣の見知った顔の方と議論を開始するものですが、Zoomでは普段馴染みのない方と強引にミングルされることもラポール形成に寄与していたと思います。リアルであってもこれだけきめ細かい仕組みを行うことは難しいのですが、オンラインでこれだけの新しい取り組みをチャレンジするのはすごいです。はじめは履修者側の不慣れなための軽微なトラブルもありましたが、しばらくすると徐々に慣れてきて一体感が形成されていきました。TAの視点から見ていると、当初、接続トラブルが続いていたが、後半になると積極的に講義に参加できるようになり、質問やコメントが発せられる瞬間を見ていると、ある種の感動すら覚えたものです。まるで遠く離れたところにいるということを感じさせない、いやむしろリモートだからこそできるラポール形成ではなかったかと思います。参加された方の熱気が遠隔地からも伝わってくる印象的な講義でした。これからの時代の新しい学び方は、技術の活用が当たり前になり、距離やハンディキャップに関係なく誰でも学ぶことができるようになる。そんな新しい時代を感じることができました。
二つ目の理由は、遠隔講義で取り上げたテーマがUBERであったことでしょう。UBERは既存の規制と向き合いながら、エンドユーザー、社会を味方につけて破壊的イノベーションを推し進めるシェアリングエコノミービジネスの筆頭ともいえます。ゲストスピーカーには現役WBS生で元UBER政府渉外・公共政策・事業戦略部長の安永 修章さんも参加され議論も盛り上がりました。そんな革新的なケースであるUBERと今回のZoomのトライアルが偶然にもイノベーションという言葉を通じて重ね合わさって見えたのは私だけではなかったと思います。
③ 大澤さんのケースを作成。我々は大企業で自分のキャリアをコントロールしているのか??
3点目は、土肥さんとともに自身の作成したケースが講義で活用されたことです。題材はシリコンバレーでご活躍されておられるグローバルカタリストパートナーズの大澤さんです。大澤さんのケース執筆体験を通じて伝えたいことは、自分へ生じたキャリアへの危機感です。
大澤さんは日本でのファンド設立にあたり、日本特有の課題に着目しました。それは、優秀な中堅の即戦力がジョブ・マーケットに少ないことです。これは優秀な人材が大企業に集中しており、さらに労働流動性が低いためにリスクを取ったチャレンジができずに大企業の中で滞っていることが原因であるためです。大澤さんは大企業での経営人材を巻き込むことを目的とし、SSI(Structured Spin In) モデルというユニークな手法を取り入れました。SSIモデルの詳細については、土肥さんが紹介されると思いますので割愛しますが、大澤さんがゲストスピーカーでいらした際に、履修生に投げかけた「大企業の中で自分のキャリアをコントロールしていますか?」という言葉です。日本の大企業では、55歳を過ぎると強引にほぼ全員が役職定年という形でポストから引きずりおろされます。新陳代謝を促すという点では妥当な面もあります。しかし、日本企業では会社にキャリア形成を委ね、自分だけの強みを作ってこなかった管理職があまりに多いのが現状です。役職定年によって、突然ポストを失った人の残されたキャリアの余生は、人生100年時代という現代において、残酷なほどあまりに長すぎます。
GCPJの大澤さんのケース作成に携わるきっかけとなったのは、ゼミで大澤さんのお話を聞いた瞬間に生まれた自分への危機感が生じたからです。一度転職したとはいえ、大企業で過ごしてきた自身のキャリア。振り返ってみると、本当にこれでいいのだろうか。これからの行動が大切であると感じています。
④ 真にインクルーシブな社会とは?ダイバーシティ再考
講義で学ぶことができた4点目は自分の中のダイバーシティをリフレーミングできたことです。もしかすると、最も影響が大きかった点かもしれません。ここでは2つ事例をご紹介します。
まず一点目は前段で少し触れておりますが、今回、同じ牧ゼミに配属が決まった石川さんの存在によって、自分の中でのダイバーシティという言葉の理解がいかに浅かったかを感じました。石川さんは聴覚に障害を持っておりますが、講義の中ではハンディのある方がどうやってコミュニティに参加していくか。牧さんが取り入れたテクノロジーを活用した解決方法や、サポートされる方の並々ならぬ準備や努力を目の当たりにしました。なんと、手話通訳の方は、事前に講義資料に全て目を通して理解されてから講義に臨むそうです。ビジネススクールの講義の中でも、配布物が山のようにあることで有名な牧さんの講義も例外ではありません(笑)。また、石川さん自身は講義の議論のすべてを把握することは難しい中で、様々な手がかりを基に高度な推測をして全体像を把握されていることも目の当たりにしました。手話通訳の方の「ちょっと手助けをするだけで、驚くようなことができるんです」という言葉が印象的で、真にインクルーシブな社会を実現にするために、これまで自分は何をしてきたのだろうか。自分にはできること、やるべきことが沢山あります。手話通訳のことを詳しく教えてくださった根岸晴美さんからは、手話のみならず本当にたくさんの自分の知らないことを学ばせていただきました。
2点目は、最終回に取り上げたインドの製薬企業Ciplaのケースで紹介された、スリランカから全日牧ゼミの同期修了生であるRameshのスピーチです。彼は、先進国で議論されているビジネスモデルは先進国の既得権益しか考えておらず、本当にインクルーシブな社会を実現する気持ちがあるならば発展途上国の現場を見て肌で感じ、本当のニーズを把握するべきであると述べられました。
あまり関係ない話かもしれませんが、私はRameshのスピーチを聞いていて、昔読んだ一冊の本を思い出しました。吉村昭さんが書かれた”北天の星”という史実をベースとしたフィクションです。主人公の中川五郎治はロシアで抑留された時に、苦労してロシアの医学書を自らで翻訳して独学で習得した天然痘の予防接種を日本へ持ち帰った人物です。五郎治は日本で初めて予防接種を行いました。ただ、彼は残念なことに予防接種の技術を既得権益化するために秘匿してしまい、種痘はごく限られた近しい範囲にしか接種されることはありませんでした。
我々製薬企業は何のためにビジネスをするのか、再考する必要はないかと感じました。北天の星やCiplaのケースから、歴史は繰り返すものだとすると、これまで特許で守られた既存の製薬ビジネスにも大きな転換点がそろそろ来るのだろうか。過去に拘泥せず、未来を恐れず、今を生きるため、自分は日々どんな変化や行動が求められるのか。真剣に考えさせられました。
以上、2年ぶりに牧さんの講義に携わることができて、驚くほどの変化に触れることができました。変化には、仕掛けられた必然もたくさんありましたが、偶然から生じた変化も少なからず含まれておりました。Planned Happenstanceとはまさにこのことで、2か月間日々真剣に駆け抜けたからこそ、得られたものであると考えております。牧さん、履修生の皆さんの熱意で形成されたActionableでGlobal PerspectiveなLearning Communityの一員に参加させていただきましたことを感謝申し上げます。加えて、一緒にTAを引き受けてくださったヒッキーこと引寺祐輔さん、サポーターの横田さん、川村さんに感謝申し上げます。ヒッキーのテキストマイニング(最後には飽きられちゃいましたが笑、、、)で講義の学びを俯瞰するという方法はとても斬新で面白い取り組みでした。また、ケースを共に執筆(というか、仕事の遅い私に代わって多大なサポート)してくださった土肥淳子さんに感謝申し上げます。
*TAとサポーター(右から川村さん、松田、引寺さん、渡辺さん、横田さん)
最後に、卒業したのに毎週土曜日に家を離れてしまい、寂しい思いをさせてしまった妻の靖子と二人の娘たちに感謝申し上げます。クリスマスにサンタさんがくれたNintendo Switch®はささやかながら償いの気持ちです。
次回の更新は1月31日(金)に行います。