武井大希 / 早稲田大学経営管理研究科 / キャノン株式会社
大学院修了後にキヤノン株式会社に入社し、TV、医療機器、監視カメラ/画像解析ソフトウェアの開発・企画に従事、2016年にはCanon Singaporeへ赴任し新規事業の立ち上げを担当。帰国後2019年4月、早稲田大学大学院経営管理研究科(夜間主総合)=WBSに入学。重本ゼミ所属M1。
今回は自分の中で最も思い出深い授業のひとつとなりました、WBS2019年秋Q受講の「TOM(技術・オペレーションのマネジメント)」の魅力をまとめさせて頂きました。
いきなり個人的な話になりますが、私は音楽が趣味です。
自分でもバンド活動をするし、何より色々な音楽を聴くのが大好きです。中学・高校・大学・社会人と音楽に詳しい友人にもたくさん恵まれたおかげで、かなりの量の音楽は聴いてきたし、それなりに詳しいとも思っています。
今回はそんな音楽に例えながら、TOMを振り返ってみたいと思います。
■牧さんのTOMの素晴らしいところ
皆さん、世の中には色々なミュージシャンによる色々な音楽アルバムが存在すると思いますが、「名盤」と呼ばれる条件は何だと思いますか?セールス?それもあるかもしれません。じゃあなぜそれは売れたのでしょう?人々の心を打ったから?その通りですが、ではなぜ人々の心を打ったのでしょうか?
WBSの授業は1科目トータル15回の授業(講義)が行われます。
これをちょうど「15曲入りのCDアルバム」だと思ってください。TOMの場合、アーティストは先生である牧さんということになります。授業に参加した我々生徒はリスナーということにしましょう。
TOMは「技術・オペレーションのマネジメント」のタイトルの通り、主に技術的なトピック・ケースをテーマに、各個人が十分に予習(これが大変)をした上で牧さんのファシリテーションによりディスカッションをし、その裏にある本質的な理論を浮き彫りにし、それを体験しながら昇華し、個人・チームの学びへと深めていくという授業です。
私個人が思う、牧さんのTOMの素晴らしかった所を3つにまとめると以下のようになります。
① 授業全体を通して“非常に深く練られた”ストーリー(Narrative)が存在すること
② 授業を実現する為に牧さん自身が相当な熱意をもって取り組んでくれていること
③ 授業に参加する生徒も含めてOne Teamとして授業が構成されること
これについて詳細に説明したいと思います。
■授業全体を通して“非常に深く練られた”ストーリー(Narrative)が存在すること
「名盤」と呼ばれるアルバムには必ずアーティストが込めた素晴らしいコンセプト、そしてそれに沿ったストーリーが存在します。“曲の流れ”とも言います。1曲1曲が良い曲でも、それをバラバラに15曲並べただけではそれは名盤になることはありません。
牧さんの授業は各回で最新テーマからクラシカルで普遍的なテーマまで幅広く扱い、毎回様々な理論を生徒に学ばせておきながら、授業が進んでいくにつれて、
「実は今回の授業は、一見関係ないように見えて、初めの方の回で学んだ理論が応用されている例だった(プラットフォームビジネスの例)」
「実は今回取り上げたケースと同じことを、以前の回のゲームの時に生徒が無意識のうちにさせられていた(イノセンティブドットコムとベニハナシミュレーションの例)」
こんなことが次々に起こります。
そして初回に学ぶ”抽象化・デザイン思考”は全ての回で繰り返されるなど、授業と授業のつながりが見えてきて、ひとつの深いストーリーになっていきます。(伏線の回収とも言う)
それにより生徒にとって各テーマのインパクトが倍増され、さらにそれを実践するところまで体験することで、学びが深まっていきます。
また、個人的には15回の授業のテーマ選定とその順番も秀逸でした。初めはどちらかというとテクニカルな事や基本となる理論、そこから始まり次第にハード・ソフトと様々なケースに直面しながら、最後はメンタル・ハート的に考えさせられるようなテーマへと。
アルバム15曲の中では激しい曲ばかりでなく静かな曲も必要です。その曲調の多様さを見せながら、実はこの曲がこの曲と繋がっていた。この曲のこの部分はxxへのオマージュだった。など、隠された要素が見えてくる。それにより曲自体の価値が倍増します。そして曲の順番も非常に大切で、そこにはアーティストのメッセージがあります。初めは激しい曲で盛り上げて、時に静かな曲でしんみりさせて、リスナーに問いかけながら、寄り添いながら、そしてアーティストの伝えたいゴールへと繋がっていく。名盤には必ずこのような秀逸なストーリーが存在します。
■授業を実現する為に牧さん自身が相当な熱意をもって取り組んでくれていること
どんなに有名なアーティストでも、そのアーティストが片手間で作ったアルバムに、リスナーは心打たれるでしょうか?そんなことは決してありません。
その意味では牧さんはこの授業に全力で取り組んでくださいました。
授業には多数のTA・サポートの方(アーティストにとってのバンドメンバー・サポートミュージシャンですね)が参加し、アンケートアプリ等のツール(アーティストにとっての最新の楽器のトライアルや、PCによる最新の打ち込み音楽・編集技術の使用などですね)も有効活用され、1秒たりとも無駄にしないように授業が展開されます。これにより効果が最大化された濃密なディスカッションが繰り広げられます。
また授業では毎回フィードバック・Takeawayの提出が求められますが、それに対して牧さん自身が向き合い、授業をよくする為に必要なアイデアがあれば、即座に取り入れ改善していきます。それにより授業のクオリティーが先生側・生徒側の両側面からon-goingで上がっていきます。リスナーからの声に対して真摯に向き合うアーティストなら、リスナーは親近感を覚えてのめり込むようになるでしょう。
また、授業にはゲストスピーカーの方も参加されることがあります。授業であるケースについて皆で議論した後に、じゃあ正にそのケースの中に生きているご本人に話を伺いましょう、どうぞディスカッションしましょう、となるわけです。これはインパクトが大きいです。これによりKnowledgeは 実体験を持ったActionable Knowledgeに変わることになります。実際に学んだ理論を実践している方と会って話ができる。この体験は忘れがたいものになります。
例えばカッティング奏法がいかに素晴らしいかを教えた後に、じゃあ実際に見てみましょうとナイル・ロジャースを連れてくるのと同じです。そりゃあ忘れないですよね。帰りにストラトのギターを買いに行きたくもなるでしょう。
中でも印象に残っているのは株式会社ジャパン・インフラ・ウェイマークの柴田巧さんでした。ドローンのケースで学んだ後に、そのドローンで正にビジネスをしている柴田さんのセッションがあり、大企業からの新規事業創出をご本人の経験を中心に生々しくご紹介頂きました。
私も大企業にいて、新規事業の創出に苦しむひとり。
自分の経験や気持ちと重ねて、柴田さんのメッセージや人柄、そしてその推進力の源を食い入るように観察しました。
この授業の初めに牧さんがおっしゃっていた、「なぜ今”TOM”なのか」。
つまり価値観も技術も進化していく現代社会において、我々これからMBAを獲得し進んで行く者たちが技術について知るべき理論、そして考え方、テクニックだけではないbeingの実践。柴田さんのゲストセッションは、テキストでは学べない生の「理論」を感じた瞬間でした。
矢沢永吉もこう言っていました。
「いつの時代だって、やる奴はやる、やらない奴はやらない」
お気に入りのアーティストが見つかったら、「こうなりたい」とリスナーは想像するものです。そのアルバムの曲を歌っている・演奏している自分を想像したり、その人の人となりを調べたりしますよね。私もまさにそんな状態でした。
■授業に参加する生徒も含めてOne Teamとして授業が構成されること
牧さんはよく授業で「実際に体験したことありますか?」「この理論をご自身の会社で利用された方はいますか?」「実際に使ってみたらどうなりますか?」と生徒に問いかけます。
音楽のリスナーにとって一番大切なものは何でしょうか?それは没入感です。”自分ごと感”とも言います。音楽は耳で聴くのではなく心で聴くものです。リスナーは好きな曲に出会うと自分をその曲の中に投影します。そしてその曲の中の言葉(歌詞)やメロディー・感情に共感したり、情景を思い浮かべたり、一緒に悲しくなったり、口ずさんでみたり、新しい発想に驚いたり・・・・そしてそこに心に訴える何かを感じた時に、感動するわけです。そして今後の人生の糧にしていきます。
WBSは学校ですから私たち生徒は学びに来ているわけですが、学ぶことがゴールではなく、それをどう今後の人生に生かしていくかがゴールなわけです。それは学んだ知識を自分事として捉え、自分なりにどう解釈して、どこに価値を見出し、時に感動し、どう応用していくか、ということです。つまり没入感を持ったリスナーと何ら変わりがありません。
これに近づく為の要素がこの授業にはたくさん存在します。
先に書いた「授業と授業のつながり、ストーリー」「牧さんやその他メンバーの熱意」「ゲストスピーカーの方々」などもそのひとつではありますが、この授業では生徒自身の貢献が他の授業以上に多分に求められます。受け身ではこの授業は乗り越えられません。
授業で学びを得る為に、厚い事前学習はもちろん、授業中の積極的なコメント、授業後のフィードバック、授業後の参考文献での自己学習、授業外ゲームへの参加、そしてメンバー全員が加入するFacebookグループでの授業後の知識共有やアフターディスカッション等々が求められ、生徒もそれに応える形で努力していきます。そこにさらに多種多様な知識を持ったTAの方やゲストスピーカーの方も加わり、広い交流、継続的な議論が繰り広げられていきます。
良い曲、良い音楽アルバムに出会ったら、それについて友人と語り合い、「こんな曲もあるよ」「この曲のこの部分はこういう感じで好きだな」などと共有しあいたいものです。TOMはまさにそのような環境が用意され、それに向かって進んでいく、共感した仲間がいるという状態でした。
ビジネススクールでは当たり前ですが、自分の意見を発信すること、そして全く自分と立場もキャリアも考え方も違う人の意見を聞いてディスカッションしていくことで、学びは深まっていきます。自分の学びを深めると共に周囲にも貢献する為には「自分なりの貢献できる方法を見つけること」が必要です。
私自身「自分だったら何で貢献できる?」はよく考えました。没入感の考察です。
結局は自分が今まで生きてきた経験と知識を生かし、相手をリスペクトした上で、自分なりの考えを伝えていくことが大事ですが、それをTOMでは参加者各々が行っていたと思います。牧さん自身もそれを行っていました。ベンチャー企業の方にはベンチャー企業の方の感覚があります。先生にも先生の感覚があります。製薬関係の方からは製薬系テーマの時に非常に詳しいコメントがされたり、メーカーならではの意見があったり、その道のプロのコメントがあったり、視点を変えたコメントがあったり、男だから、女だから、この年齢だから、皆それぞれ持っているものを最大限生かし、授業に貢献しようという環境が構築されていきました。
先生と生徒、その他参加者がそれぞれ努力することで、ひとつのLearning Communityが形成され育っていく中で、そこにある種の快感を覚えながら、皆がまとまっていき強く前に進んでいくのを感じました。
ミュージシャンだったら自分の演奏できる楽器、センス、そして自分のテクニック・経験で貢献するように、我々も、自分の仕事の経験・知識、総動員。音楽のライブが行われる際に、リスナーがそのアーティストのアルバムの各曲を十分に聴きこみ(予習し)、自分なりに曲に思い入れを持って挑めば(自分なりの発言をすれば)、全力でプレイするアーティストと一体になってライブは最高のものに作り上げられていきます。
■まとめ
私なりに本授業の魅力をまとめたつもりですが如何だったでしょうか?
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それぞれの曲のクオリティーが高く多種多様、参加しているゲストミュージシャンも豪華かつ効果的、リスナーが没入し共感する、それを共有しあう環境が整っている、ライブも良い、アルバム全体が素晴らしいストーリーで構築されている、そしてアーティストが”マジ”。
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どうです?こんなCDアルバムあったら何だか売れそうでしょう?ミリオンセラーは確実といった感じです。
WBSには色々なテーマの授業が存在します。
マーケティング、戦略、経営、会計、ファイナンス、人材、CSR、その他諸々。
(音楽にも、ロック、ポップス、R&D、ジャズ、演歌、アイドル音楽など色々ありますよね)
他にも素晴らしい先生はたくさんいらっしゃいますし、良い授業もたくさんあるでしょう。
しかし上記の理由から、私がこの授業で受けたインパクトは非常に強烈で、あの一体感のある“ライブ感”は何とも忘れられず今も私の胸に残っています。この授業が数あるWBSの授業の中で「名盤」の一つであるということは、疑いのない事実でしょう。
(私は今M1なので、これからWBS内の他の名盤を探すのも楽しみに思っています。)
■私にとっての「名曲」
自分のことを少しだけ。この授業の中で私の想いと強く重なるテーマ、つまり私にとっての「名曲」はCiplaとUberのケースでした。技術、とりわけ科学技術は何の為にあるのか。それは社会、そして人々の暮らしを良くする為に他ならないと私は思います。しかし世の中はトレードオフに溢れ、あちらを立てればこちらが立たずという状況になるのは良くあること。こちらの困っている人を助ければ、一方でまた困っている人を生んでしまう。目の前の苦しんでいる命を救う為に、見えない他の多くの人々を犠牲にして良いのか。でも現状のルールに縛られて苦しんでいる人を救う為には時にはルールの正しさすら疑って、それを技術で乗り越えることも必要かもしれない。未熟な技術・未熟なオペレーションは時に必要のない不利益を生んでしまうかもしれないが、しかしそのおかげで気づけることもあるかもしれない・・・。これらの問いには答えはありません。「正しさ」というのは各人に存在するし、環境にも左右されるし、絶対的に正解と言えるようなものではないからです。
これは所謂Ethics of Technology(技術倫理)という分野の話です。授業の初めに語られた「なぜ今”TOM”なのか」。そこから私が読み取ったメッセージは、当たり前のことなのに人々が忘れがちになること、つまり技術にはこういう側面がある事、そして技術には世界を変える力がある事、大きく言えば人を救うことも滅ぼすこともできる、だからこそそれを使う我々がその事実を理解し、それを正しく使う為にマネジメント理論を学び、知識をつけなければならない。「正しさ」を持って技術を使えるようにならなければならない。というものだと感じました。
果たしてアーティスト牧がそこまでのメッセージを込めたかったかはわかりませんが、私にはこれが非常に刺さり、自分がこの分野に如何に興味があるかに気づくことができました。その結果この分野に関わるゼミに所属することまで決めました。自分なりにこれから研究していきたいと思います。(なんて良いリスナーだ!)
ところで、知らないアーティストの良いアルバムに出会えたら皆さんはどうします?
そのアーティストの他のアルバムも聴いてみたくなりませんか?
ということで今、学校のシラバスを眺め、他にもある来年度の牧さんの授業の履修を検討しながら、コラム「”アーティスト牧”によるTOMはWBS史に残る名盤のひとつである!」
を締めさせて頂きたいと思います。
ありがとうございました。
アンコールお待ちしております。
次回の更新は1月24日(金)に行います。