藤居 善之 / 早稲田大学経営管理研究科 / 東京電力ベンチャーズ株式会社
スタンディングオベーションから一夜明けた朝。いくつかの最終レポートを脇に置いてこのコラムを書いている。いや、先にこれを書かないと他のレポートに手がつかないのだ。それくらい、昨夜のスタンディングオベーションは鮮烈に胸に突き刺さっている。僭越ながら、牧さんのご指名を受けて2019年度秋クォーターの「技術・オペレーションのマネジメント(TOMJ:Technology and Operations Management (Japanese)」を受講して抱いた想いを記したい。
牧さんとの出会い
私の牧さんとの出会いのきっかけは意外な接点だった。このコラムにも登場するSozo Venturesで活躍中の松田弘貴君である。松田君とは、大学時代に「国際学生シンポジウム」というインカレのいたって真面目な学生団体の運営委員で一緒になり、未熟な学生ながら試行錯誤して参加者数百人のイベントをやり切った仲である。
WBS入学を控えた2019年2月、松田君がいきなりFacebookのポストに飛び込んでくる。WBSの「牧 兼充」という先生と何やら講義(注:秋集中講義『Venture Capital Formation』)をやっているらしい。
社会科学研究法
TOMJに触れる前に、2019年度春クォーターに受講した「社会科学研究法(シン・経営学研究法ワークショップ)」についてお伝えしたい。牧さんが長内厚教授と共同で担当したこの講義は一般的に「修士論文の書き方を教える授業」と解されており、受講生のほとんどはM2である。無謀にもM1の春クォーターに受講したのはもちろん牧さんへの興味から。
私にとってこの講義は、「修士論文の書き方」だけでなく「なぜMBA生が修士論文を書くのか」という問いに対し、私なりに腹落ちした授業であった。それは、「学び方を学ぶため」である。卒業後も論文を読んで学び続けて実務にフィードバックするためには、一度自分で論文を(苦しみながら)書いてみることが重要、という考え方は私のWBSでの学びの基本スタンスとなった。
もう1つ、私にとってこの講義で印象に残っていることは「科学的実験」のデザインである。UC San Diego のEric Floyd助教授とZoomでつないだ講義自体も刺激的であったが、その後に提出したレポート(テーマ:Fixed electricity rate)をEricが面白がってくれ、現在私の所属先である東京電力の中で何か取り組みができないか模索している。WBSの教員と学生を媒介に米国の研究者と日本の企業がつながるかもしれないというのはなんとも面白く、何の迷いもなく秋クォーターにTOMJ2019の履修を決めた。
技術・オペレーションのマネジメント(TOMJ)
そして、TOMJ2019は私にとってこれまでWBSで受けた中で最高の授業となった。それは、「牧さん、受講生、ゲスト、TAを巻き込んだ最高のLearning Communityが形成されたから」の一言に尽きる。その背景を3つの観点から記したい。
(1)授業の作り込み
この授業では、主にケース・ディスカッションを通じて「イノベーション」について様々な視点(例えば、プラットフォーム・ビジネスや法規制、倫理など)から多角的に捉えるトレーニングを行う。ケースの中には、科学技術とアントレプレナーシップ研究部会で作成されたWBSオリジナルのものも活用される(詳細はシラバス参照)。そして、各々のテーマは他のテーマと密接に関連しており、「抽象度を上げると実は同じ議論をしている」ということに後からはっと気づかされる「伏線」が複数用意されており、受講者の知的興奮を一気に引き上げるのである。
また、TAとの入念な打ち合わせによる授業のタイムマネジメント、Slidoなどの新しいツールの活用、ハンディのある受講生に対するインクルーシブな参加促進策、受講生のフィードバックで有用なものは次回から即実行される「高速プロトタイピング(授業で取り上げるデザイン思考の技法の一つでもある)」など、隅から隅まで丹精込めて作り込まれている。
(2)多彩なゲスト
取り上げるテーマの最前線で活躍しているゲストが、ほとんど毎回のように登場しケース・ディスカッションでの学びの効果を何倍にも高めていただける。
私が特に印象に残っているのが、(株)ジャパン・インフラ・ウェイマーク社長の柴田巧さん、Global Catalyst Partners Japan MDの大澤弘治さん、慶應義塾大学先端生命研究所所長の冨田勝さんである。各分野の豊富な知見を超高速で披露いただいただけでなく、「保守的な優等生」になりがちな私(と恐らく多くのWBS生たち)に、3人でそれぞれの形で「本当にその生き方でいいのか!?」と突き付ける、叱咤激励のメッセージをいただいた。
(3)学び合う受講生
牧さん、TA、ゲストの熱気を受けて、回を追うごとに受講生同士の学び合いも加速していった。授業の後半には毎日のようにFacebookグループに投稿があり、受講生が各人の実務バックグラウンドや情報網を活かした情報発信や問題提起に驚くばかりであった。
ここでは多くを語らないが、ある「特殊なシチュエーション」で行われた授業が、Learning Communityの熱量と集中力を飛躍的に向上させるきっかけとなったのはほとんどの受講生が同意するところだろう。あの日の状況と取り上げたテーマ、受講生の異様な熱気と集中力は忘れたくても忘れることができない。
私のバックグラウンドとTOMJ2019への没入
さらに私個人にフォーカスする。私は東日本大震災の前の2009年に東京電力に入社し、震災当時は静岡県の事業所で顧客対応に従事していた。社内の混乱により原子力事故の状況は報道で後から知るばかりで、お客様からはお叱りを受け続けた。その時の無力感が、日々悩みながらも新規事業の立ち上げとWBSでの勉強に挑戦する原動力となっている。
そんな私にとって、TOMJ2019は東京電力やエネルギー産業の未来について深くえぐるように考えさせることの連続であった。例えば「Uber」のケースでは「タクシー業界のように『Uberized』されていく産業」の要素を抽象化していく中で「規制で守られている、ビジネスモデルを変えられない、そして嫌われている」という意見を交わした。講義終了後、牧さんとお互いエネルギー産業と大学教育の類似性とその未来についてオフラインで語ったのも思い出深い。また、「Cipla」のケースでは、製薬業界で起こった「市場の失敗」のケースを抽象化し、「民間企業が公益事業、特に原子力のような社会的インパクトが極めて大きい事業を行うことの宿命」について悶々と考えを巡らせた。
さらに抽象化を進めると、「High Tech High」や「鶴岡サイエンスパーク」で起こっている教育の革新事例は、「AIをはじめとしたテクノロジーが既存産業を破壊する時代に、職業人としてどう仕事に取り組むのか、MBA生としてどう学ぶのか、親としてどう子を育てるのか」という、もはや個人の生き方にまで思考が飛んでいく。この具体的なケース・事例と抽象的な思考との「飛距離」にはただただ感嘆するばかりである。
「Learning Community」のこれから
この授業に通底するメッセージは何だろうか。私にとっては「個人・組織・社会にとって最もイノベーションを阻むのは『現状維持バイアス』であり、自らを『Uberize』することが唯一生き残る道である」ということだ。私はこのメッセージを胸に刻み、新規事業の立ち上げと今回生まれた「Learning Community」での学び合いに没頭していく。
牧さん、TAの皆さん、ゲストの皆さん、本当にありがとうございました。
最後に、来年度以降に牧さんのTOMJを受講される方々へのメッセージとして、懇親会での牧さんの言葉を紹介する。
「今年以上にいい授業をもう出来ないかなって思いながらやってたんですけど、やはり皆さんにこういう会をやって頂くと、来年は更に、皆さんが『来年受ければ良かった』と悔しがるような授業を来年はやりたいと思います」
牧さんが自分自身を、そして既存のMBA教育を「Uberize」して生まれる、TOMJ2020の”MakInnovation”に期待が膨らむばかりである。
次回の更新は12月6日(金)に行います。