[ STE Relay Column : Narratives 066]
牧 兼充「科学技術と新事業創造リサーチファクトリー始動! – 科学技術とビジネスのVirtuous Circleを加速するために」

牧 兼充 / 早稲田大学ビジネススクール准教授 

[プロフィール]早稲田大学ビジネススクール准教授。カリフォルニア大学サンディエゴ校Rady School of Management客員助教授を兼務。早稲田大学オープンイノベーション戦略研究機構科学技術と新事業創造リサーチファクトリー代表。
研究分野は、テクノロジー・マネジメント、イノベーション、アントレプレナーシップ、科学技術政策、大学の技術移転、大学発ベンチャー等。
政策研究大学院大学助教授、スタンフォード大学リサーチ・アソシエイト、カリフォルニア大学サンディエゴ校講師等を経て現職。日米において、大学を基盤としたイノベーション・システムの構築に従事。カリフォルニア大学サンディエゴ校において博士(経営学)を取得。
その他の情報は、Kanetaka M. Maki, Ph.D. Official Site をご参照下さい。

はじめに

今まで以上に、企業がいかにしてイノベーションを生み出すか、ということが至上命題になっていると思います。でも、イノベーションを生み出す手法に関する知見はアカデミアの世界で研究が随分進んでいるにも関わらず、企業の方々がその知見を学びながら実践する場がまだまだ少ないのではないか、と思っています。このコラムでは、その解決方法の一つをご提案したいと思っています。

おかげさまをもちまして、2019年11月1日、早稲田大学全学組織である「オープンイノベーション戦略研究機構」(OI機構)の中に、「科学技術と新事業創造リサーチファクトリー」と呼ばれる研究組織が設立されました。新組織設立に伴い、私はその代表として研究活動を推進させていただくことになりました。OI機構には既に5つのリサーチファクトリーが活動しており、この新しいファクトリーは6番目の、そして人文・社会科学系で初のリサーチファクトリーとなります。

OI機構とは、大学の「社会的価値創造」を推進するために、従来行われてきた産学連携をより組織的なマネジメントの中で行うための実験的な組織です。大学を基盤とした産学連携活動から、イノベーションを創出していくための新たな仕掛けとなっています。文部科学省の「オープンイノベーション機構の整備事業」に採択されて、昨年度より活動が開始しました。

あっという間の2年間

私が早稲田大学ビジネススクール(WBS)准教授に就任したのは2017年9月ですから、ちょうど2年間が過ぎたことになります。まだ2年しか経ってないのか、という気持ちの方が大きいのですが (WBSでMBAを取得するには多くの場合2年かかるのだから、僕はやっとそれと同じ長さになった、というくらい短い期間です)、おかげさまでこの2年間、とても濃密な期間を過ごさせていただいております。20代の頃に慶應の教員を6年間やって、30代はほぼアメリカで博士課程の取得のために時間を費やし、その間にずっとやりたいなと思っていたことを、今少しずつ実現できています。

WBSの2年間は、担当している授業をきちんとまわしていくことだけで息切れがするほど大変でした。WBSには経験豊富な実務家の皆さまが学生として沢山いらして下さっていて、その皆さんに満足していただけるような授業をやるのはとっても大変です。ゼミの立ち上げも、色々なことに悩みながらも手探りでやってきました。経験豊富なゼミ生の皆様に自分がどんな風にお役に立てるのか悩みながら、真剣に努力してきました。研究という意味では、WBS付属の早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センターに「科学技術とアントレプレナーシップ研究部会」を立ち上げました。

研究部会では、JST-RISTEX政策のための科学「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」プロジェクトを推進しています。米国で見られる、卓越的な研究業績をあげる研究者が新しい新事業を創出するという現象について、日本でも同様に成り立っているのかを検証することを目的としています。全学の学際性を活かして、リサーチ・アシスタントを雇用し、「スター・サイエンティスト・コホート・データセット」を構築して、分析を行っています。日本のスター・サイエンティストのリストを構築し、その中で起業している研究者へのインタビューなども行っています。

出版活動としては、ワーキングペーパーなども発行しております。スター・サイエンティストプロジェクトや私のゼミの修士論文をreviseしたものを中心に、少しづつ蓄積が増えつつあります。またビジネススクールの教材用ケースも発行しています。私自身が関わったものだけでも現在「サンディエゴ・エコシステム2018」、「Global Catalyst Partners Japanによるオープン・イノベーションの促進(A)」、「サイエンティスト冨田勝」が公開されています。これからも引き続き、こういったケースが増えていく予定です。

更にこの研究部会では、科学技術から新事業を生み出すためのエコシステム作りのために様々な仕掛けを行っています。授業やゼミと連動する形でゲストスピーカーを多数お招きし、また招聘研究員としても多数の方に関わっていただいております。このエコシステムの活動を可視化するために生まれたこの”STE Relay Column: Narratives”も順調に連載を続けており、今回で66号を数えるまでとなっております。(無茶振りな執筆依頼も含めて)、改めて今まで執筆して下さった皆様に感謝しております。

この1年間のエコシステムの拡大という意味で、とても大きかったと思うことが3点あります。1点目は、シリコンバレーのベンチャー・キャピタリスト養成プログラムであるKauffman Fellows Programで長年CEOを勤めてきて現在Sozo VenturesのパートナーであるPhil WickhamさんをWBSとして客員教授にお招きし、”Venture Capital Formation”という授業を担当していただいていることです。この連携スキームは、授業にとどまらず、ケース教材の開発を含めて、エコシステムのグローバル化、水準の向上に大きく貢献いただいています。もう1点は、深センのエコシステムのキーパーソンである高須正和さんを非常勤講師としてお招きし、「深圳の産業集積とマスイノベーション」を担当していただいていることです。高須さんをお招きすること自体が大学にとっての「正解のないイノベーション」に第一歩を踏み出す事例だったと思いますし、スタディ・ツアーにご協力いただいたことを含めて、WBSと深センのつながりが増える大きな一歩でした。3点目はGlobal Catalyst Partners Japan (GCPJ)の大澤弘治さんを招聘研究員にお招きし、GCPJの進める”Srtuctured Spin-In”と連携しながら人材育成を行うスキームをスタートさせたことです。このモデルは、日本のイノベーションの活性化のために大きな可能性を秘めていると思います。

以上のようなことを含めて、おかげさまをもちまして、このエコシステムはとても大きく広がりつつあります(図を参照)。

WBSにおける研究部会の活動は引き続き継続しますが、このエコシステムが丸ごとそのまま、OI機構の新リサーチ・ファクトリーに発展的に拡大することで、大学全体のイノベーションを推進するためのジャンプ・スタートができるのではないか、と思っております。このエコシステム自体が既に、グローバルな水準でみても、イノベーションを生み出していくために魅力的なコミュニティになり始めているのです。

リサーチファクトリー設立の経緯

リサーチファクトリーを設立することになったのは、実は色々な偶然が重なった結果でした。
私自身は、このOI機構に昨年度から関わってきました。OI機構は全学組織であり、シーズを持っているのは理工系教員なのであくまで理工学術院が中心です。しかしながら、総合大学の強みは人文社会科学系の教員もいることなので、私はクリエイティブ・パートナーズと呼ばれる学内の人文社会学系教員集団の一人として、この活動に、「文系」の立場からサポートすべく、関わらせていただいておりました。そんな中で、私自身の専門が「科学技術とアントレプレナーシップ」ということもあり、クリエイティブ・パートナーズだけではなくもう一歩踏み込んで関わることのお誘いを、OI機構の笠原博徳機構長 (研究担当副総長)、中谷義昭副機構長からいただいて、この6月からはOI機構の運営委員としても関わらせていただいております。

クリエイティブ・パートナーズとして関わっていく中で、OI機構に寄せられる企業からのニーズをお聞きしていると、企業はもちろん片側で直接的なシーズを探しているのですが、もう片側ではイノベーションを生み出す方法論自体の知見を求めている、ということを実感することが増えるようになりました。また、WBSの修了生でもある渡辺崇之さんがOI機構の活動に関心を示して下さって、彼のネットワークを中心にあずさ監査法人やKPMGコンサルティングの方々とつながり、もしかしたら、このグループと連携すれば新しいプロジェクトを立ち上げられる体制が作れるのではないか、と思うようになりました。

そんな偶然が積み重なるうちに、もしかしたら私を取り巻くグループで、新しいリサーチ・ファクトリーを設立することができるかもしれないと思うようになり、中谷副機構長にご相談したところ、前向きなお返事をいただいて、トントン拍子に話が進んで、今回の設立まで進むことになりました。

設立にあたっては、OI機構が他大学と差別化するためにも、総合大学としての文理融合型のリサーチ・ファクトリーが重要ということで、「戦略的特別採用」という位置付けで承認をいただいております。設立にあたってサポート下さった、笠原機構長、中谷副機構長、OI機構の事務局の皆様に感謝しています。ありがとうございます。でも、これからが本番なので、これからますますお世話になります。

リサーチファクトリーの概要

新しく設立するリサーチファクトリーが目指す概要は以下の通りです。

イノベーションは企業の持続的成長のためのエンジンである。大学を中心とした研究機関から創出される科学技術は、新事業創造のための「知」の源泉であり、企業がイノベーションの源泉を社外に求めるようになるに連れて、大学との連携の重要性が高まるようになった。
本ファクトリーにおいては、世界の社会学の研究分野で実践されている「イノベーションの手法」について、網羅的に調査を行い、その手法を会員企業等により構成されるコミュニティにおいて実践することを目的とする。「イノベーションの手法」としては、デザイン思考、リード・ユーザ・リサーチ、ユーザ・イノベーション、イノベーション・トーナメント、科学的実験の導入による仮説検証とリーン・スタートアップ、ムーンショット・プロジェクトのデザイン、Structured-Spin-Inモデル、CVCを含めたベンチャー・キャピタルの有効活用、世界のイノベーション・エコシステムとの連携と有効活用、スター・サイエンティストの同定と連携など多様な手法を試みる。
具体的には、会員企業を中心とした研究会を定期的に開催し、イノベーションの手法の知見を共有する。その他、必要に応じて企業からの大学へ派遣された招聘研究員を中心にプロジェクトを立ち上げて、パイロットプロジェクトを実施する。その他、イノベーションの中核となる研究者の同定、シーズの発掘・評価、大学発ベンチャーの支援などを行うことにより、大学を基盤としたオープン・イノベーションの新たなモデルを模索する。

主な活動は以下の通りです。

  1.  イノベーション手法の知見共有 (研究会)
    • 大企業におけるイノベーション創出手法について、世界の先端事例を調査し、ケース・スタディとしてシェア (ユーザ・イノベーション、イノベーション・コンテスト、インクルーシブ・イノベーション、スター・サイエンティスト、科学的実験による検証、デザイン思考、Structured Spin-inなど)
    • 会員企業と連携により、新たなイノベーション創出手法に関するワークショップの開催
    • 企業間連携による共同ワークショップの実施
  2. パイロットプロジェクトの実行
    • 会員企業が持つ新規事業創出等におけるイノベーションにおける課題を共有と解決策の議論、解決へ向けたプロジェクトの立ち上げ
    • 個別企業を対象としたイノベーションのアクセラレーション・プログラムの実装
    • イノベーション効率を飛躍的高めるための「科学的実験」による仮説検証アプローチのプログラム化
  3. 大学を基盤としたイノベーション促進のためのアクセラレータ・プログラムを設計・試行
    • 早稲田大学インキュベーションセンターや各種プログラムと連動した大学発ベンチャー企業のサポート・プログラムの構築
    • 「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」プロジェクトと連携した日本のスター・サイエンティストを対象としたアクセラレーション・プログラム
    • ビジネススクールを基盤としたイノベーション促進に関するプロセス構築
    • 理系人材 (博士学生・ポスドク等)に特化したビジネス&イノベーションプログラムの提供

コンソーシアム形式により、企業から年会費 (100万円と30万円の2段階)をいただくことにより、知見共有や実践活動を推進します。

イノベーションを生み出すための社会科学のあり方

このファクトリーが、社会に役立つために具体的に貢献していくためには、社会科学の研究に携わる研究者自身もその研究スタイルを変えていく必要があると考えています。トムク(2001)、吉川(2003)、國領(2004)、ダペンポート(2009)などの先行する研究からの知見を改編、統合すると、以下のような新しい研究への考え方が必要になると思っています。

第一に、大学と企業の役割分担の見直しです。今までは大学は「研究」、企業は「社会実装」という明確な役割分担がありました。でも、大学を基盤にしたイノベーションを生み出すためには、その役割分担は障害になり得ます。大学は研究に留まらず社会実装にまで責任を持たなくてはならないし、企業は社会実装のみではなく、基盤となる研究開発まで責任を持つ、という枠組みが重要です。

第二に、多様な研究手法の統合です。研究には大きくわけて、「現象を理解する」ことを目的とした「分析アプローチ」と、「理論を具現化する」ことを目的とした「デザインアプローチ」に分けられます。自然科学では前者は理学、後者は工学、と明確な分担が行われてきました。しかしながら社会科学の多くの分野は「現象を理解する」ことを目的とした「分析アプローチ」に偏っており、「デザインアプローチ」の研究は極めて少ない状況でした。近年は経済学の分野で、「メカニズムデザイン」など、資源配分を効率よく行うためのルールをデザインする、いわばエンジニアリングとしての研究が広まりつつあります。社会科学がこのような役割を果たすニーズはどんどん広がっています。

この社会科学で「デザインアプローチ」を実践するために必要なのが、第三に重要な、「科学的実験」を社会科学に応用する、という考え方です。自然科学で行われてきた「トリートメント群とコントロール群の比較」、「ランダム化」などの手法を社会科学でも取り入れて、仮説を立てて、実験により検証して、仮設を再修正していくというサイクルが、社会科学の研究でも広まりつつあります。この手法を活用するからこそ、社会科学においても、「デザインアプローチ」が可能になると考えられます。なお、世界の社会科学の分野においては、こういった科学的実験を研究手法として活用する学者が増えており、日本でのこういった研究活動に興味を持つ人が多数います。日本に狭めずに、こういった枠組みを国際共同研究の形で広げていきたいと思っています。

終わりに

このような新しいことに挑戦できるのも、私がビジネススクールに所属しているからだと思っています。ビジネススクールというのは、社会科学の中でも、理系でいえば医学部に近いと思っています。つまり臨床(=具体的なビジネス的課題)を抱え、理論を生み出すだけではなく、その解決方法を生み出すことを日々求められています。WBSではこれを「実践知 (Actionable Management Knowledge)」と呼びますが、こういった知を生み出すためには、既存の延長線上とは異なる研究手法を統合していかないといけないし、既存とは違う形でのアウトプット(つまり、論文以外)を出していかないといけないフェーズに来ていると思います。ビジネススクールが扱う研究領域が必ずしも経営学に閉じなくなっている、だからこそ、既存の学問体系にこだわらない、新しい領域に踏み出すことができるのだと思います。

スター・サイエンティスト研究の中には、「サイエンスとビジネスのVirtuous Circle”」という考え方があります。卓越的な研究者が、企業と関わることにより、その企業の業績は向上する。でも一方で企業と関わりを持つ研究者はより多くの論文、より質の高い論文を書くようになり、研究者としてのパフォーマンスも向上します。まさに、サイエンスとビジネスのVirtuous Circle (=好循環)です。新しく立ち上げるリサーチファクトリーでは、こういったVirtuous Circleを具体的に加速化させていく、ということを大切なミッションにしていきます。

WBSは今、世界のビジネススクールの中でも有数な、人材が集積し続けるモメンタムを持っているinstitutionであると思います。そういった環境に身を置かせていただいているからこそできる、自分なりの新しいアプローチを今、模索しています。

このコラムでご紹介しているエコシステムが他のエコシステムと決定的に異なるのは、ビジネスを生み出すだけではなくて、関わる人全てが相互に学び合うdynamic learning communityになっていることだと思っています。そして今後の発展のために、ビジネススクールを基盤としたこういった活動で大切なのは”student-centered”であることだと思っています。ビジネススクールにきている学生が中核で活躍するような場を作りながら、一緒にこういった活動を進めていくことを考えていきたいと思っています。

ぜひ多くの皆様とこの新しい試みを広げていくことができたら、と願っています。ご興味のある方は、kanetaka-sec@kanetaka-maki.org までご連絡下さい。

最後に、この2年間でWBS及びそれをとりまくエコシステムにおいて、お世話になってきた皆さんに感謝します。特に広がり続ける活動を支えながら、とんでもない量の仕事をこなしてくれている、研究室秘書の石井美季さんに御礼申し上げます。


次回の更新は11月8日(金)に行います。