[ STE Relay Column : Narratives 052]
新井 仁「『ラーニングコミュニティ』の意義」

新井 仁 / 早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター 招聘研究員 / JINS Eyewear US, INC. President 

[プロフィール]2000年に大学を卒業、当時普及が始まっていた商用インターネット技術に魅せられ、テクノロジーで実業の世界を実際に変革していくことを目指しシステムコンサルティングファーム、ビジネスコンサルティングファームに所属。金融機関、流通小売業、エンターテイメントビジネスの変革に携わる。現在はアイウェア事業JINSの米国法人JINS Eyewear US, IncのPresident/COOとして米国事業を統括。経営管理、経理財務、オンラインサービス、IT、カスタマーサポート等を管轄。
2018年より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員としてビジネスケースの執筆などを実施。経済産業省/独立行政法人日本貿易振興機構主催「始動 Next Innovator」プログラム メンター。慶應義塾大学 総合政策学部卒。

1. WBSおよび牧ゼミとのご縁

皆さん、こんにちは。新井仁と申します。アイウェア事業を中心に展開する株式会社ジンズホールディングスの米国子会社 JINS Eyewear US, Inc. のPresident / COOとして、米国カリフォルニア州サンフランシスコを拠点に米国事業の拡大に挑戦しつつ、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員として活動しています。

大学の同期である牧くんとの出会いは今から20年以上前、1998年に遡ります。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)にて所属していたゼミにて、牧くんと私が同期として在籍していたのが出会いでした。

大学卒業後、牧くんはアカデミアの世界へ、私が実業の世界へと別の道を進みましたが、2015年に牧くんがスタンフォード大学でポストに就いた際にたまたま近くに住んでいた私と再会、その後彼がWBSにて准教授就任、彼のゼミにて講義を依頼された…というのが流れです。私も海外生活が5年を超えますが、広い地球で、故郷を離れてもこうして縁が繋がるというのは、
本当にありがたいことだと思っています。

さて、本コラムの執筆に先立ち、2018年および2019年のそれぞれ5月に牧くんのゼミにて、私の米国進出に際しての経験や当時の意思決定を元にしたビジネスケースを用いたディスカッションを行いました。その際に感じたことを、WBSおよび牧くんが掲げる「ラーニングコミュニティの形成」というテーマでまとめてみようと思います。

2. WBS牧ゼミで講義をして感じたこと (1) 双方向性

まず最初に触れたいのが「双方向性」についてです。
牧くんにお誘いいただいてWBSにお伺いする際、「せっかくビジネススクールでお話させて頂くのだから、アタマの良い学生さんたちから私自身も学べるような場にしたい」と考えました。私自身、2週間と短期間ながらエグゼクティブMBAコースでケースディスカッションをした経験があり、大変勉強になったことから、一方通行の講義にするのではなく、ビジネスケース
を作成しディスカッションをしようと考える他次第です。結果的に牧ゼミの理念にも上手く合致したのかな、と思うところです。

ケースディスカッションですから、学びの内容は参加者の発言と、場のファシリテーションに大きく左右されます。私にもファシリテーションは少々心得がありますので、私が学びたい、参加者の意見を聞きたいと思うところに重点を置いたりしたことで、私自身にも刺激になる時間を作ることができました。

参加していただいたメンバーも、他のテーマでは講師として活躍できるような背景、実績の持ち主たちです。また、牧くんと私の共通の友人がディスカッションに参加して頂いたり、翌年には前年の卒業生らが参加して下さいました。もちろん牧くんが声をかけてくれたのでしょうが、こうした関係があってこそ、講師をした私も刺激を得られるようなメンバーが集まるゼ
ミなんだなぁ、と感じ入る次第です。

3. WBS牧ゼミで講義をして感じたこと (2) 多彩なバックグラウンド

折に触れて牧くん自身が語っていますが、牧ゼミの所属学生やその周辺には多彩なバックグラウンドをお持ちの方々に溢れています。

サンフランシスコベイエリアで私が知り合った日本語・中国語・英語が堪能な女性が、とある世界会議の様子をソーシャルメディアにポストした際のコメントを紹介します。

「…いろんな業種からの参加者も多く、多様性に乏しいシリコンバレーに住んでいる身としては刺激を吸収にするのにとてもありがたい場です。」

彼女は某シリコンバレー大企業での職務経験もあり、スタンフォード大学にも在籍しておられた方です。その彼女をして「多様性に乏しいシリコンバレー」とは!とても印象深く記憶に残っています。

私が感じる範囲では、シリコンバレーは「テックと投資の街」です。政治の話を持ち出すまでもなく、ここの価値観が全米で通用するとは思わないこと、というのは私も常に自戒しています。そんな私をしても、牧ゼミとその周辺に居られる方々は業種、専門領域、肩書きが多様であると感じます。医師も居られれば事業家も、起業家も、投資家もおられます。

もちろん、広く一般的に言われる「ダイバーシティ」とは少し異なる様相ではあります。私がお伺いした夜間主ゼミは日本を母国とする人のみでしたし、言語も日本語でした。一方、シリコンバレーで見る多彩さとは異なる多彩さが牧ゼミにはあります。

これは牧くんが掲げるビジョンが普遍であることの証左だろうと感じますし、そうしたビジョ
ンがあるからこそ多様な人が協力し集まるのだろう、と感じる次第です。

4. WBS牧ゼミで講義をして感じたこと (3) ゆるい繋がり

双方向性の項でも触れましたが、牧ゼミの周辺には「ゆるい繋がり」が存在します。まだ2期目である牧ゼミは、アラムナイネットワークはさほど大きくありませんが、牧くんが慶應大学やUCSD在学時代、スタンフォード大学在職時などに培った人的ネットワークを活用して学外のリソースを上手く巻き込んでおられます。私自身もその一端です。

ソーシャルメディアが大きく普及した現在は、こうした「リアルには何も繋がりが存在しないが、何となく顔と名前はお見かけする」という繋がりであったり、リアルの場ではわずか数時間、場所と時間を同じくしただけの関係がオンライン上で維持されたりする時代です。この時代に、双方向に学び合い、多様性に富む「ゆるい繋がり」が価値を生むのは必然とも言えまし
ょう。

牧くんが意図してそうしているのか、結果的にそうなったのかは分かりませんが、少なくともそうした働きかけが「ゆるい繋がり」の形成の口火を切っているのは間違いないと思います。

5. 牧くんが掲げるラーニングコミュニティとは

本コラム執筆に先立ち、牧くんに「ラーニングコミュニティについて自分の言葉で語ったスライドやらBlogってある?」と伺いました。その際に、まず最初にWBSのMission statementをご紹介頂きました。ここに引用しますと、

The mission of WASEDA Business School is to create actionable management knowledge and to develop insightful and responsible leaders with global perspectives. Here, we foster a dynamic learning community of faculty and students.

とあります。この最後の「Here, we foster a dynamic learning community of faculty and students」を意識しているが、これだけではない、という趣旨の言葉を頂きました。

このMissionと牧くんの理念の最大の違いは、コミュニティの範囲を「faculty and students」に限定していない、という点だと思います。そもそも私はファカルティ(大学側)でもないし、学生でもないです。そして、本リレーコラムの執筆陣を見ていますと、さすがに学生が多いようですが、ファカルティはほとんどおられないし、学生の割合と同じくらい、外部の方のお名前を拝見します。

そもそもWBSがミッションを設定した頃には、おそらくまだFacultyでもStudentsでもない存在を巻き込んだコミュニティの形成は現実的ではなかったのでしょう。しかし、ソーシャルメディアの普及や牧くんの持つ人的ネットワークを土台とした、「目に見えない、ゆるい繋がり」が存在し、繋がりが相互に教え合う、学び合う、双方向の関係が構築できるようになったように見受けられます。

過去にもビジネススクールの「アラムナイ=卒業生」ネットワークが存在し、頼り合うものがあったと聞いたことがあります。しかし、それはおそらく卒業後のビジネスやアカデミアの活動のなかで活用する人的ネットワークであり、相互に教え合う、学び合うようなものではなかったのではないでしょうか。

この相互の作用、そして前述の通りシリコンバレーですら(?)失われる多様性を担保する仕組み、そしてそれを維持発展させる運営。これが、私が感じた「牧ゼミが作ろうとしているラーニングコミュニティ」の要素なのではないかな…と思った次第です。

最後に。本稿は私のコラムであり論文ではありませんので、牧くんの査読は通していません。
さて牧くん、この「ラーニングコミュニティの形成」を、他の事例研究などを踏まえてケース化あるいは論文化してみませんか?という、双方向性に持ち込んで本稿を締めたいと思います。ご精読ありがとうございました。


次回の更新は8月2日(金)に行います。