草地 慎太郎 / 早稲田大学経営管理研究科修了 / IDC Japan 株式会社
牧ゼミ1期生の草地です。最近仕事用のTwitterを初めました。IT/ビッグデータ絡みの話が中心になると思いますが、よかったらフォローしてください。
この春めでたく早稲田大学経営管理研究科(WBS)の修士課程を終えまして、MBA(経営管理修士)となりました。牧さんをはじめ在学中サポートいただいた皆様には改めて御礼申し上げます。今このコラムを書いているのは5月末日、出張で訪れているヨーロッパのとある街で、時差に苦しみ眠れない午前2時にキーボードをたたいています。もう少し早い時期にと、締め切りをセットされていたと思うのですが、ぐずぐずとしているうちに修了から2か月もたってしまいました。
修論では「人工知能は産学連携の夢を見るか」というタイトルで人工知能分野の研究で産学連携が与える影響を定量分析する研究を行いました。内容としては公開の特許データ(IIPパテントデータベース@知的財産研究所からコンピュータサイエンス分野の16万件超の特許データを利用して、重回帰分析の手法を使い、産学連携が特許の価値に与える影響を検証しました。MBAで修論を書くというと、特に海外のMBAでは一般的ではないこともあって、驚かれることもありますし、学内でもその意義については議論があるように思います。今回、実際に自身が修論を書いてどんな意義があったかというところを考えてみたいと思います。
WBSでの修士論文
WBSでは多彩なコースがあるため、コースにより課される条件は異なる部分はあるのですが、一様に論文の提出は修了のための必須条件になっています。この点はいわゆるビジネススクールとしては(特に海外では)珍しいそうです。論文の内容としてはデータを使用した定量分析に基づく論文、ケーススタディを中心にした定性分析に基づく論文に加えて事業計画も認められています。分量は2~3万字以上といったところですが、周囲に聞いた感触では分量は容易にオーバーするため、この点で困る学生はあまりいないようです。
この中で私は定量分析に基づく論文を提出しました。
定量分析は銀の弾丸なのか?
定量分析という言葉にどのようなイメージがあるでしょうか?統計学が最強の学問だとうたう本が流行ったり、ソフトバンクの孫さんが多変量解析のわからない人間は幹部から追放するという言葉が聞こえてきたりと、数字の力、データの力を謳い上げる言説が流行りがちな昨今ですので、どうしても定量分析というのは正しく確実性の高いものであると思われがちであるように思います。WBSの在学生が修論の話題になった際の「定量でやるの?定性でやるの?」というのは最も交わされている言葉かと思います。が、そういう会話をしていると、どことなく定量分析に対してより正しいものであるのだ、という意識を私も含めて多くの人が持っていたのではないかと感じています。
定量分析の難しさと危うさ
ところが、実際に定量分析をやってみるとそういう万能感というのは消え失せてしまいます。定量分析において確からしい分析を行うためには証明したい仮説に対して、因果関係に関連する要素を含んだデータが入手可能で、データが正確に、規則に沿って整備されている必要がありますが、この条件を満たすのがまず難しい。私の利用したデータにも抜け漏れや明らかに間違っているデータが含まれていました。そのように正しいデータを得たうえで正しい分析手法にのっとって分析を進める必要があります。更に、そうして正しく手続きを踏んで得られた因果関係の証明も、ごく限られた範囲に過ぎず前提条件が変化すれば同様の結果が出るかはわからないのです。例えば、私の場合は日本のデータを使用して産学連携が人工知能分野の特許の価値を高めるという証明を行いましたが、これが他の国やほかの研究分野でどうなるかはわかりません。また、特許の価値に被引用数という数値を使っていますが、別の数値を使った場合に同様の結果になるかはわかりません。このように、一つの定量分析で幅広い事象の因果関係を解き明かすことは不可能です。であるから、小さな範囲の証明を複数の研究者で時間をかけて積み重ねながら、より広い範囲の事象を明らかにしているということが継続的に行われているわけです。
修論を書くことはビジネスにどう生きるのか
このような、定量分析の実態と限界を知ることがビジネスの意思決定を担ううえで今後一層重要になると考えています。自身がデータ分析を行うケースもあるでしょうし、だれかが作った分析を使って意思決定を行うケースはより多くあるでしょう。その時に尤もらしいストーリーの背後にあるデータや分析手法の正しさは担保されているのか、その勘所を持つためには一度自分である程度の規模の分析を行ってみることは有用だと感じています。
さらに、現在はデータと人工知能を使った自動化の時代でもあります。人工知能による業務自動化というと、例えば会計士、例えば医者のジョブが自動化されるというイメージがありますが、実態はそういうわけではありません。それぞれのジョブで行われている、タスクレベル(例えば定期的に有価証券報告書のデータをスプレッドシートにまとめるとか)の自動化の積み重ねになります。
そうやって、小さな積み重ねをもってして全体のプロセスを変えていくというのは、ややこじつけっぽいところもありますが、サイエンスの作法にも少し似ているところがあるように思います。そして、そのためにはどのようなデータが求められるのかということを考える訓練にもなります。これは巷でよくある、人工知能の業務適応に対する過大な期待を防いで、確実に業務改善を適応していくためにとても良いリテラシーなのではないかとも思います。
MBA終わってみて
というわけで、その意義について議論のある修論を書いてみて、やっぱり意義は大きいという私の考えを書いてみました。MBA修了後のエッセイとしては、起業したとか、大幅昇給で転職/昇進したとかいうのが華々しくて面白いのですが、今のところそういう状態にはまだ至っていません。ただ、それらの実がまだない状況でも、そこに行かなければ会えなかった多くの人に会い、現在も進行している面白いプロジェクトを進められていることを考えると、心から行ってよかったなと思えます。受験を考えている方には是非お勧めしたいですし、在学中の方も得られる機会を最大限活用できるよう頑張ってくださいと、エールを送らせていただいて結びとさせていただきます。
次回の更新は6月28日(金)に行います。