櫻井直樹 President & CEO, Tanabe Research Laboratories USA, Inc.
第一部 米国研究子会社の実務と課題
サンディエゴでの就労は実は3回目です。東部や中西部に出向してた人たちからは、皮肉を込めて「お前はラッキーな人間だ」と言われます。最初の渡米は1996年で、当時協業を進めていた創薬ベンチャーにvisiting scientistとして単独放り込まれ、外人だけの組織・上司・同僚という貴重な体験をしました。製薬企業研究員が留学以外の形で出向するのは珍しかったと思います。そのときすでに40代目前で、オヤジ英語が上達するべくもなく苦労しました(今でもその苦労は続く)。
帰国して研究所の管理職になり、薬理研究や探索研究のチームを率いました。才能豊かな部下に恵まれ、学会で賞をいただいたりと基礎研究としてはまずまず成果を残せたと思っています。2003年に2度目の渡米でTRLの生物部門の部長として、現地チームを管理する立場になりました。スタッフの雇用・解雇、アカデミアとの協業、様々なトラブルシューティング等々、米国の組織・部下を管理するという体験は貴重でした。2007年に帰国してからも研究所の管理職を務めたのち、早期プロジェクトの渉外・ライセンス業務、産学連携やオープンイノベーションに関わることになり、大学と共同で文科省のグラントを獲得したり、京大や阪大をはじめとする大学との包括的連携の契約を担当しました。
過去の滞米・外部連携の経験もあって、3度目(今回)の米国赴任のお鉢が回ってきました。今回は子会社を丸ごと任されることになり、片足を研究、もう一方をややディープに経営に突っ込むことになりました。海外研究子会社運営にあたり心がけてきたことは、せっかくサンディエゴと言う有数のバイオクラスターに居を構えるのだから、本社の研究所のコピーを作るのではなく、米国のベンチャー企業経営を徹底的に参考にすることに集中しました。「日本人だらけの会社にしないこと」「現地の研究者を雇い、現地流のマネジメントに徹すること」「本社の介入を最小限とし、少なくとも日々の研究業務に日本側の意思決定を挟まないこと」「極端な自前主義を避けること」「イノベーティブな技術・知識・ネタを持つ他社・アカデミアと協業し、オープンイノベーションに徹すること」「会社を小規模に維持し、できるだアウトソーシングを心掛けること」等々をコアモデルとして7年半やってきました。このモデル(というより信念的なものですが)が機能するのかという問いへのに答えには正直まだまだ時間が必要なのですが、なんとか一里塚的なものには辿り着いたように思っています。日本企業の子会社という制約のある環境下でも、当該モデルがそこそこ働いた(のではないかという)例としてご笑覧いただければ幸甚です(リンク)。
現在のビジネスフォーカスは、癌特異抗原に対する抗体に、協業相手(MedImmune/AstraZeneca)のプラットフォーム技術を応用した抗体医薬複合体(ANTIBODY-DRUG CONJUGATE:ADC)の研究開発です。協業先とは2015年夏に契約書を交わし、2018年末には米国FDAにIND申請が受理されるというスピードを達成できたので上出来だと言えます。ちなみに、医薬品製造(GLP, GMP)、前臨床・非臨床試験(毒性・動態など)、規制当局対応、臨床計画、等はすべてアウトソーシングあるいは専門のコンサルタントに対応させました。つまり、米国のバイオベンチャーの典型的やり方を踏襲しています。ちなみに、2番目、3番目のプロジェクトも同じやり方で数年内でのIND申請を予定しております。新薬の上市というゴールはまだはるか先ですが、共同研究開始から3年でINDに到達するのは、たった30名の小組織としては、まずまずの一里塚ではなかったかと思っています。
第二部 牧ゼミならびに牧先生の観察
・牧さん
私と牧さんとの関係をお話すると、科学技術やアントレプレナーシップ等の研究領域での接点というよりも、シンプルに飲み友(天敵という人もいる)なのだと思っています。牧さんが勉学と暴飲暴食に勤しんでおられたUCSDの書生時代、学生寮がたまたま私の自宅近くだったことがそもそもの「原因」でしょうか。私が寮にお邪魔したり、牧さんが我が家に寄ったり。酒を飲みながら中身の薄い(まれに濃いことも)議論で盛り上がったのです。研究上のコンフリクトがない分、炎上ギリギリの駆け引きをFB上で展開できるわけです。背景が背景だけに、今回のコラムに技術イノベーションやアントレプレナーシップなどの気の利いたオチを期待せぬようお願いします。代わりにといってはなんですが、牧さんのゼミと牧さんご本人の観察報告的なものでお茶を濁せればと思っています。
・牧ゼミ
深夜の渋谷、場末の安酒場で「僕のゼミ、1期目でOBもいないし、メンターになりませんか」と牧さんが切り出した。お店も三軒目で、朦朧としてたのも災い(?)し、私は牧ゼミのメンター第1号だか2号になったのでした。私は米国在住ですので、ほぼ「エセ」メンターではあるのですが、東京出張の際などにゼミの飲み会に乱入するのがもっぱらの役目といってよいでしょう。とはいえ、ゼミの生徒さん達は向学心と探究心で熱気を帯びており、研究テーマに一丸で取り組まれ、牧さん得意の無茶振りの課題にも全力で対応し….というのを見ていると、なんだか羨ましくて目眩を覚えるほどです。ゼミの研究対象のひとつ、ヘルスケア業界の優秀な生徒さんが一定数いらっしゃることも、私にとっては大きな魅力のひとつです。牧ゼミ恒例(?)のサンディエゴスタディツアーでの修論経過報告会も興味深い試みで、異業種の方々も交えて議論を戦わせるのもエキサイティングな仕掛けでした。次回のスタディツアーで、2期生の方々との交流できるのも大変楽しみにしています。引き続き、いろんな仕掛けを駆使して、欧米の名教室にも引けを取らないレベルに昇華させていって欲しいですね。
・牧さんの行動観察
私は大阪生まれの大阪育ちです。オチのある話が好きですし、会話にはボケとツッコミがあればなおさら良い。どちらかといえばシニカルなツッコミを信条(身上)とするタイプの関西人です。関西圏ではまず問題にならないのですが、関東の人にはシニカルでブラックな「(無茶)振り」を理解していただけないケースが時々あるので注意が必要です(マジでドン引きされ、危うく「怖い人」と間違われることがあります[e.g. CJ Okumuraさん])。牧さんの熱烈なファンには若干不愉快な思いをさせるかもしれませんが、ご承知おきいただきたく。
何事につけ、牧さんは「持っている人」で、その持ちもののピンキリの振れ幅が大きければ大きいほど、関西人にとっては、つついて(ディスって?)楽しいものです。これほどわかりやすい対象もいないなぁと思わせてくれる人です。長くない付き合いなのに、数えきれないほどの記憶に残るエピソードがあり、そのごく一部を引用することで研究を進めさせていただきます。
・遭遇
牧さんと第一次遭遇したのは、2011年にサンディエゴに赴任してほどなく、とある寿司レストランでご一緒したのが最初でした。その夜、私と親交のあった竹田悟朗さん(日本のバイオVCの草分けのひとり。先日惜しまれつつ物故された)と清泉貴志先生が、我々夫婦を夕食に誘ってくださいました。清泉先生は私の数代前のTRL社長という大先達で、慶応出身の医師であり、母校で教鞭を取られた後にMIT Sloanで経営学の学位を取得され、複数のベンチャーを成功に導いた起業家・投資家として知られるサンディエゴの名士です。チェロを嗜み(プロ級)多彩な趣味をお持ちで、俗にいう「慶応ボーイ」のダンディーなイメージをまとっていらっしゃる方です。三田会を通じて清泉先生との知己があったのでしょう、もう一人の慶応OBと称する、アライグマのように愛嬌のある方が登場したのでした。いちおうハイエンドとされるそのレストランに、さかなクンを想起させる風貌のその彼は、AppleだかGoogleだったかの古びたTシャツに、しわしわのユニクロの七分丈の寝巻パンツ、ぺらぺらのサンダル履きという、今となっては「お馴染み」の恰好の牧さんに初めて遭遇したのでした。後に牧さんは「慶応ボーイというのは幻想のイメージだ」とか「SFCは違う」とか弁明されていましたが、それではSFC卒業者に失礼ですよね。
・ウニの長嶋食い
お刺身の盛り合わせというものは、何種類かのお刺身が「人数分」盛られ、各自のペースで食するのが普通です(少なくとも私には)。しかし、事件は起こったのです。清泉先生、竹田さんとの会話に夢中になってふと気づいたとき、我々夫婦がまだ食べずに残していた大トロやウニを目ざとく見つけた牧さんが、「ふぐの長嶋食い」の如く全部さらって食べてしまったのです(ちなみに私も家内も好物を後に残すタイプ)。その夜は清泉先生にご馳走していただいたので悔しさも半ばでしたが、食べ物の恨みは怖いもので、我々は今でも刺身を食べる時にはあの悔しさを思い出し、ああいうことが昔あったよねぇ、と振り返るのです。教訓:牧さんとゴハンを食べるときには、美味しいものから先に食べよう。
・グルメ?
牧さんのFBを見ていると、やたらに食い物のネタが多いのにお気づきかと思います。牧さんは大変良質のネットワークをお持ちで、大物の方たちとレベルの高いレストランや割烹でご馳走を食される機会も多いようです。もしかすると、牧さんってグルメ?と思いこんでいる人も多いかもしれません。それは間違いです。これまでの注意深い観察結果を総合すると、牧さんの舌は「アメリカ人の大人の舌」に近いのではないかと感じています。ウンチクとか能書きはいちおう放たれるのですが、とどのつまり、ラーメン、マッカンチーズ、フレンチフライ、ピザ、バーガー、ステーキのプライオリティが最上位にあるのは明白です。そもそも、野菜がおキライ。最近は「健康のため無理矢理」食べる努力をしているとのことなのですが、お皿の端にきれいに玉ねぎやトマトを除けて、「実」だけを美味しそうに食べるのが牧さん流。ラーメンにはせめてネギやもやしを入れようよ。騙されてはいけません。
・ケーシーちゃん/ボビー
私たちは、10年以上も前に黒ラブを飼っておりました。ラブラドールは知っての通り大変賢い犬種で、ウチのケーシーちゃんも観察力の鋭いお利巧さんの犬でした。牧さんもまた好奇心旺盛な人です。我が家にいらっしゃるときには キョロキョロとその目を動かして盛んに情報収集されるのです。「牧さんって、ケーシーちゃんに似てるよねぇ」「やっぱり、あのキョロキョロした目はケーシーちゃん」と、今は亡き愛犬の思い出が蘇るのです。
アメリカのアニメ番組「King of the Hill」をご存知でしょうか。しばらく前に終了してしまったのですが、シンプソンズよりはるかにお気に入りのアニメでした。テキサスの田舎町に住む家族の日常をシュールに描いた名作でした。「いかにもあるあるアメリカ人」の登場人物が豊かに表現されてており、社会問題や人種問題、家庭問題などを絡めたストーリーも興味をそそりました。そのアニメの影の主役がボビー少年です。私とカミさんは、牧さんと初めてお会いしたときから「ボビーに似ている」と声を揃えるのです。体型は言わずもがな、好奇心旺盛なところ、食べ物に目がないところもそっくり。ちょっとずっこけたところもご愛嬌の、King of the Hill一番の愛されるキャラです。どこか似てませんか。
・11PM
牧さんがサンディエゴで急速に成長を遂げているころです。夜も更けて11時ごろになると、急に私の携帯が騒がしくなるのです。Facebook メッセンジャーの(ちょっとイライラさせてくれる)チャリンチャリンという受信音とともに、「まだ起きていらっしゃいますか?」「ええ、起きてますけど」「今から伺ってよろしいですか」「別にいいよ」という一連のお決まりのやり取りの後、もうとっくにコミュティのゲートの暗証番号をも覚えている牧さんが夜な夜な、エヘヘ失礼します、という感じで訪問いただくのでした。私はshort sleeper気味で(年のせいだとも言われる)、チビチビ飲みながら夜中の2時ごろまで、映画や音楽、読書を楽しむことが多いのです。その生活習慣をまんまと牧さんに利用され、頻繁に相手をすることになろうとは。そして、彼がサンディエゴを離れるまで、そのチャリンチャリンは途切れることはありませんでした。飲みながら議論した中身は、今となってはほとんど覚えていないのですが、週末には明け方まで話すことも。ふと気付いたら、スズメがチュンチュン鳴くのを聞くこともしばしばでした。とはいえ、私も楽しみにしていたのは事実。屁理屈が多いとはいえ、楽しく刺激的な議論は最高の肴でもありますから。しかし….チュンチュンはナシですね(-_-;)
・生ハム長嶋食い
我が家に来られたときには、さすがに犬のエサのようなものを出すわけにはいかないので、ふつうのおつまみくらいはお出しするわけですが、前回来られた際には「生ハムの長嶋食い」を披露され、彼が帰った後に「久しぶりに見た。偉い先生になっても変わっていないのが素晴らしい」としみじみカミさんと語りあったのでした。自然な流れの中での出来事だったので、本人は気づいてなかったと思いますが、私としては塩分の取りすぎがすごく気になりました。高脂肪だけでなく高血圧にも気を付けて欲しい。
・悲しみのルンバ
牧さんの寮にお邪魔することも時々ありました。寮といっても、日本の大学のそれとは異なり、見晴らしの良い小高い丘の上にアパート形式の瀟洒な建物が並んでいるというものでした。イタリアで育ち、慶応に学び、家柄も育ちも大変良さそうなのですが、そんなことは微塵も感じさせないのはさすがに牧さんです。食べ残しや食器が散乱するテーブル、脱ぎ捨てたジャージや洗濯もので足の踏み場もない床。たしかキノコが生えていたのではなかったでしょうか。牧さんは新しもの好きです。ドローン、シックスパッド、腹筋ローラー、GoPro、等々。床の見えている部分を探すのさえ苦労するような、その下宿部屋には、あのロボット掃除機のルンバが鎮座していたのです。牧さん曰く「こんな部屋でも意外に活躍するんですよ」。二本足の人間がトイレに立つのさえも憚られるその部屋で、誰が見ても機能するはずのないルンバが働く姿を見ることは結局ありませんでした。部屋の片隅には、埃を被った腹筋ローラーが転がっていた。
第三部 総括
散々ディスってしまいましたが、終わりよければすべてよし。
最近牧さんのFB投稿を見て感じるのは、ご自分の授業、WBSと学生さんへの半端ない愛情です。ご自分の生徒さんを大切にされているのは傍から見ていて羨ましいかぎりです。他者貢献を通じて自らの達成感を楽しんでいるのではないでしょうか。私はすでに還暦に差し掛かっており、今から学歴アップデートする気力も能力もありませんが、もし30代ー40代の働き盛りであれば、全力でWBSの牧さんのゼミを目指したいですね。向こうは迷惑でしょうけど。
「人懐っこくてお勉強はよくできるのだが、何処かしら世間知らずで危なっかしい親戚の男の子」とか「お利巧さんだけど、ときどき悪ふざけをして困らせるペット」。おそらく、私(とか私のカミさん)が牧さんに対して抱いているのは、そのような感情に近いのではないでしょうか。ペットって、ナデナデしてしてあげるのはもちろんですが、どういったらよいのでしょう、どこかちょっといたずらして困っているところを見てみたい、なんて思いませんか?私が牧さんをイジルのも似たような理由なのでしょう。
あの人って、しょうがいないなぁ、とか思いつつも、なぜかまた会うことを楽しみにしてしまう、不思議な人っていませんか。「牧さん、次いつ来るのかなぁ」とウチの中ではしょっちゅう話しています。一緒にご飯を食べ、一緒に旅行に行き、たまにお勉強の話をし….お互い遠慮のない付き合いを楽しませていただいています。牧さん、僕の人生を楽しくしてくれてありがとう。
そんなこんなで、いつの日か牧さんが結婚するときには、披露宴のスピーチで(ご親族が反対するかもしれないので、そのときにはFacetimeかSkypeで乱入して)思い切り炎上させるのが私の次のゴールです。ただし!私が生きているうちに実現する可能性が極めて低いのが難点ですね。
牧さん、今回のコラムって「褒めて」ますよね!
次回の更新は4月26日(金)に行います。