畝村 知里 / 東芝デバイス&ストレージ株式会社
2017年4月に早稲田ビジネススクールの夜間主総合コースに入学し、現在修士2年牧ゼミ1期生であり2019年3月修了予定。
家族構成は夫と娘。趣味の海外旅行では約30か国を訪ね、特に各国に暮らす人々のリアルな生活に触れることに喜びを感じる。またそれぞれの土地で味わった料理を家で再現するのが楽しみである。
初めに
WBSの修了式が目前となりました。長い様で短かった2年間のMBA生活が終わろうとしています。WBS入学前は、働きながらMBAの勉強を両立することが出来るだろうか、と多少の不安もありましたが、結果的に在学中に留学や妊娠/出産も経験することとなり、想像以上に濃い2年間となりました。1回目の記事でWBSの授業や留学については既に記載したので、今回は仕事とMBAの勉強をしながら妊婦生活を送るというのはどのような状況だったのか、その過程でWBSの修了条件となる修士論文にどう取り組んだのか、を中心にお伝えしたいと思います。
なぜこのタイミングで妊婦となったのか
現在私は32歳、結婚生活5年目です。今後のキャリアを模索して2017年4月に30歳でWBSに入学した時、「子供はもう少し後でいいから、今は先に自分の人生を確立したい。」、そう思っていました。そんな私でしたが、ちょうど昨年の今頃にWBSの交換留学でスイスのザンクトガレンに4ヵ月滞在した時、子供に対する考え方を見直すことになりました。祖母の死や、夫との離れ離れの生活を経て、自分の人生に置いて家族が如何に大切で自分が頑張れる活力となっているかを痛感し、早く子供を持って自分の家庭をしっかり築いていきたいと思うようになりました。それと同時に、年齢が上がるにつれて増加する、出産のリスクがより一層気になるようになってきました。WBSに通っている間に妊婦になることは、折角の恵まれた環境で、他の学生よりも学びの機会を失うのではないか、とか、悪阻が重くて授業に行けなくなったらどうしよう、とか、気になることもありましたが、自分の一生において子供を持ちたいと思うのであれば、いつでも子供を授かれるようにとにかく準備だけはスタートしようと考えました。その結果、有難いことではありますが、想定以上にとても早く妊娠が発覚し、妊婦としての生活が始まりました。
妊婦として働き学ぶこと
元々体力には自信がある方ですが、妊娠中の悪阻は幸い軽く、だるくなったり眠くなったりする程度でした。途中少しWBSの授業を休んでしまったこともありましたが、基本的には妊娠前と変わらず、週5で働き週3程度で定時後にWBSに通う生活を続けていました。また、牧ゼミのサンディエゴへのスタディツアーや仕事での海外出張など、積極的に海外にも行っていました。(ただし、妊娠中の体調は個人差が大きく、人によっては悪阻が強くて寝たきり同然になるケースもあります。周りに妊婦さんがいたら、どうぞ労わってあげてください。後程述べますが、実際私も無理をし過ぎた結果なのか、思わぬ事態となりました。。)
一方で、妊娠中は自分の気持ちのバランスを取るのが少し難しく、葛藤したことも多少なりありました。私の中で、WBSで授業に出て学んでいる時は「攻めの自分」であり、外に対して知的好奇心を追い求めている状態です。経営者や起業家の方の講演や教授の講義に参加している時は、ワクワクしてアドレナリンが放出され、もっとがんばるぞーという気持ちが強くなります。翻って、お腹の中にいる赤ちゃんと向き合う時間はどちらかというと「守りの自分」であり、内に意識を向かわせている状態です。私の周囲の妊婦さんやインスタグラムで見かける妊婦さんが、出産に向けて指折り数え、日々穏やかな気持ちで楽しみながら準備を進めているのを見て、「自分の状況と随分違うなぁ・・・」と焦ることもありました。妊娠も後半に入ってくるとお腹の中の赤ちゃんも耳が聞こえてくるので、お腹に向かって話かけるのが胎教として良い、ということも聞いてはいましたが、忙しく刺激的な日々の中で、ゆったりとした気持ちで赤ちゃんに声かけをする時間を持つのは、なかなか難しかったです。将来娘が大きくなって、「あなたへの胎教は、ゲスト経営者や起業家の登壇やビジネスの講義だったよ」、と話すと娘は喜んでくれるでしょうか。(笑)
また、妊婦となったことでWBSでのopportunityを全て享受できなかったとも、やはり感じています。冬の集中講義や深圳でのスタディツアーに参加出来なかったり、ゼミへの出席がオンラインでの参加となってしまったり、授業やゼミ後の飲み会に顔を出せなかったり、とWBS在学中の環境をフルに活かし切れず悔しい気持ちもありました。本来面白そうなことには全て積極的に参加したいタイプなので、WBSの他の学生の楽しそうな姿をFacebookの投稿などで見て、羨ましく思うこともありました。
ただこの選択をしたのは自分であり、自分が自分の選択に自信を持って日々全力で楽しむことが何より大切だと考えています。そもそも、体調不良になることになく妊娠生活と仕事と勉強を両立(三立!?) 出来たことは、本当にありがたいことであり、周囲の方々の協力や健康な体に生んでもらったことに感謝しなければいけないなと感じています。
修士論文の内容
お腹の中の赤ちゃんが大きくなっていくと同時に、修士論文の期限も迫ってきます。修士論文の提出締め切りは1/12、口述審査会(=修士論文の発表会のこと)は2/3、出産予定日は2/28です。海外のMBAでは珍しいようですが、WBSでは修了条件として修士論文の執筆が必要です。私の修士論文のテーマは「企業を越えたネットワーキング」。WBSに入学を決めた時の問題意識の一つとして、海外と比較した際の日本という国や企業のビジネスにおける競争力が低下していることを懸念していました。エコシステムの形成が不十分であることや、日本企業の内向き志向をなんとか出来ないものかと考えていました。冒頭に述べた、牧ゼミのスタディツアーで訪問したサンディエゴでは、エコシステム形成における重要人物であるGlobal CONNECTのNathan Owens氏、University of California, San Diego(UCSD) Extension DeanのMary Walshok氏、元Global CONNECTのGreg Horowitt氏、元CONNECTのH Puntes氏の4名にインタビューを行いましたが、サンディエゴのエコシステムはソーシャルネットワークが強く、企業を越えてオープンに、他者と時間や情報を共有する文化があると言います。日本においても、社内に留まらない社外のネットワーク活動、つまり「企業を越えたネットワーキング」を活発化させることが個人のみならず地域や企業にとって重要であると考え、修士論文のテーマとして設定することにしました。修士論文を執筆する上で影響を受けた先行研究はAnnalee Saxenianによるものです。彼女はシリコンバレーの半導体産業における分散したネットワーク型システムとボストンのルート128のミニコンピューター産業における独立企業型産業システムを比較した研究を行っています。シリコンバレーでは、横のネットワークが強さの秘訣であり、地域を構成している個々の要素が様々な形で結びついていると述べているのに対し、ルート128は自社と地域の他の企業や組織との間に明確な境界線を引き、地域内の技術力やノウハウを大企業の中に閉じ込めたことにより、横のコミュニケーションが無かったと述べています。この研究を踏まえて、産業構造と企業を越えたネットワーキングの間には関連性があることを東京でも示せないかと考え、異なる業界・職種に従事する10名にインタビュー調査を実施しました。インタビューを進める上では、牧先生やWBS卒業生の川村さん、M2佐藤さん、吉岡さん、M1大塚さん、リーダーシップ論の企業派遣生である山本さんを中心に多数の方に協力いただきました。また、ある知り合いから紹介いただいた初対面の方が更に別の方を紹介してくださる、といった形で数珠繋ぎでインタビュー対象者が広がっていき、改めてネットワークの大切さを自ら実感できたことは、修論執筆における副産物であったと思います。結果的に東京においては、産業構造と企業を越えたネットワーキングの間の関連性は実証されませんでしたが、東京でも企業を越えたネットワーキングそのものは存在しており、しかも業務内容に企業特殊性があるかないかが関係している可能性が高い、ということを発見することが出来ました。
早産による、出産と修士論文提出のバッティング
1/12の修士論文提出に向けて上記の内容を纏め執筆を進めていった昨年12月末、年末年始の帰省で夫の実家を訪ねた際、予定よりも2か月も早く破水してしまい救急車で運ばれることになってしまいました。原因は不明ですが、元々は特に切迫早産などのリスクは医者から言われていなかったので、自分の体力を過信して活発に動き過ぎたのが良くなかったのかもしれません。赤ちゃんは大丈夫かという心配と同時に、修士論文を書き終えられるかという不安も襲ってきて、救急車に乗る際に、母子手帳と共に修論を書く為のパソコンは必ず持っていかなければ、と強く思ったことを覚えています。(笑)
一度破水してしまうとお腹の中の赤ちゃんは外界と繋がっている状態になる為、感染のリスクを抱えることになりますが、一方で当時はまだ妊娠31週で赤ちゃんの肺機能が十分に完成していないタイミングです。感染を防ぐ抗生剤と陣痛発生を抑える点滴を打ちながら、肺機能が完成する1,2週間後を出産の目標として、これ以上羊水が出てしまわないように安静にして入院することになりました。病院で迎える年明けとなりましたが、心配した夫も出産までの約10日間、一緒に病室で寝泊まりしてくれ、夫婦で共にお産に向き合うことが出来たので、結果的に娘が与えてくれた貴重な時間だったように思います。
入院生活の中では、仰向けの姿勢でお腹に巻く分娩監視装置をつけてのNST(ノンストレステスト=胎児の心拍数や母体の子宮の収縮度合いを見るもの)の合間を縫って、修士論文を執筆しました。自分の段取りの悪さから、結果的に出産前日もほぼ徹夜で書き上げることになってしまいましたが、牧先生には多数の海外出張で多忙な中でも、丁寧にご指導いただき、多くのご指摘やアドバイスをいただきました。また牧ゼミ長の松田大さんには、修士論文全てに目を通して細かい指摘をいただいただけでなく、提出にあたって大学に出向けない私に代わり、修論のファイリングから提出まで全面的にサポートいただきました。体調にも気遣っていただき、素晴らしいゼミ長で頭が上がりません。
口述審査会と通院
修士論文の提出が終わると、次は口述審査会が待ち構えています。一人の持ち時間は15分の発表と5分の質疑応答で、主査(=所属ゼミの教授)、副査(=別の教授)とその他WBS生を中心とするオーディエンスに向けて修士論文の内容を発表します。私は出産で審査会の会場である大学に出向けないことから、牧先生と相談した結果、オンラインで遠隔参加させていただけることになりました。WBSでの口述審査会においては、過去このような前例はありませんが、牧先生に大学や事務所に掛け合っていただき、淺羽先生や川上先生が前向きにご支援くださったことによって実現することが出来ました。また事務所の藤関さんやITサポートの方にも大変お世話になりました。牧ゼミでは金曜日のゼミや牧さんの個別指導を通して発表の準備を進めました。私は毎度オンラインで参加していましたが、直前まで牧先生やゼミ生である松田さん、高山さん、草地さん、林田さんの厳しく鋭い指摘をいただきながらプレゼン資料の修正を重ねました。
資料準備と並行して、娘の入院する病院に片道2時間かけて通院していました。生まれた娘は早産により1662gの低体重児だった為、NICU(新生児集中治療室)で1か月間面倒を見ていただくこととなりました。離れて暮らす期間は、娘の免疫の為にも母親として母乳を途切れさせないようにする為にも、母乳を搾乳して冷凍保存し病院に日々届ける必要があります。通常の母子と異なる子育てのスタートとなりましたが、初めは保育器に入り点滴を繋がれ、胃に通した管からミルクを摂取していた娘が、日々少しずつ成長していく姿からは、強い生命力を感じました。また、これまで全く縁のなかった新生児治療の現場を垣間見ることが出来たり、大学病院の医師の先生、看護師さんや助産師さんの地道で丁寧な働きぶりを知ることが出来たりしたことは、私にとってたくさんの気づきがありました。病院への送り迎えでは両親にも随分サポートしてもらいました。娘が早産で生まれたことによって、周囲の人々に支えられ、新しい世界を知ることが出来、結果的に多くの学びを得ることが出来ました。
このような生活を経ながら、2/3の口述審査会当日を迎えました。私はweb会議ツールのZoomを繋いでの遠隔参加となりましたが、牧先生や牧ゼミのメンバーには、私が問題なく入れるように手厚くケアしていただきました。ゼミ生はメッセンジャーで都度発表会の進捗状況を共有してくれ、自分自身の発表を控えている中で集中したい状況だったと思いますが、優しい心遣いがとても有難かったです。発表内容そのものに対しては、副査である長谷川先生からも的確なご指摘をいただき、まだまだ課題が残るものではありましたが、皆さんのサポートにより滞りなく発表を終えることが出来ました。口述審査発表会の後に、他のゼミ生から、「牧先生やゼミ生みんなでサポートしている姿に感動した」、と言っていただき、牧ゼミの温かさに改めて感謝しています。
最後に
現在は、育休を取り、新米ママとして子育てに四苦八苦する生活を送っています。娘には、多様な価値観に触れて、柔軟で強く優しい女性になって欲しいと思っています。また、どんなことでもいいから「自分はこれで生きていく」、というスペシャリティを持って欲しいです。また私が娘を育てるというよりは、私自身ももっと成長して互いに切磋琢磨しあえる関係になりたいと思っています。私が言葉で説教したり指導したりして教育する、というよりは私自身の行動から(反面教師であっても)学んでもらえるように、私も常に成長しながら「共育」を目指したいです。
私がもっと成長していく為には、WBSを通して気づいた自分自身の課題としっかり向き合い、改善していきたいです。具体的には、一つ一つの物事において、質の高いアウトプットを出すことに徹底的にこだわり、ゴールに向かって日々全力を尽くして丁寧に着実に積み重ねていくことです。WBSでもこれまでの仕事においても、どちらかというと好奇心の赴くまま新しいことをやってみることに重きを置き、最後までやり抜いて成果を出すことを十分に意識出来ていなかったように感じています。また牧先生が大切にされている「give&giveの精神」、つまりgive & takeが当然と考えて見返りを求めるのではなく、まずは自分が提供する、という心構えもまだまだ足りていません。今後、子育てとキャリアの両立は、恐らく常に優先順位付けと取捨選択の繰り返しで葛藤することになるんだろうなと思いますが、そんな中でも自分の課題を心に留め、仕事でもプライベートでも一つ一つ丁寧に取り組んでいきたいと思っています。
まず目先の育休中は、娘としっかり向き合いながら如何に自分自身にも向き合い時間を有効活用するか、がテーマです。とりあえず今は、娘への授乳を最優先事項としながら、毎日オンライン英会話をやること、図書館の本を読みまくること、いろんな国の料理を作ること、そして忙しい生活にかまけてぐちゃぐちゃになっていた家の整理整頓と片付けをすること、を目下のアクションアイテムとしております。この限られた時間を大切に、うまくバランスを取りながら、もっと行動範囲を拡大していきたいです。
次回の更新は3月29日(金)に行います。