[ STE Relay Column 033]
武田 信夫「WBS集中講義「深圳の産業集積とハードウェアのマスイノベーション」が伝えること」

武田 信夫 / クラスメソッド株式会社 

[プロフィール]広島県出身。1999年、岡山大学大学院機械工学専攻修了。株式会社バンダイナムコエンターテインメント(旧株式会社ナムコ)にて、ハードエンジニア、企画、海外販売他、幅広い業務を経験後、株式会社マーベラスを経て、現在はクラスメソッド株式会社に勤務。
AWS事業本部ゲームソリューション部にてビジネス開発の傍ら、キャッシュレス、レジレス、ウォークスルーの実験店舗Developers.IO CAFÉ https://cafe.classmethod.jp/のハードウェアパートを兼務。
2017年4月から早稲田大学大学院経営管理研究科夜間主総合コースに入学(2019年3月修了予定)。長内厚教授ゼミにて「イノベーション・マネジメント/MOT(技術経営)」を専攻。

変化を感じる講義


今、この瞬間、「大きな変化が起こっている」ということです。「無知は罪なり、知は空虚なり、英知を持つもの英雄なり」とソクラテスが言ったそうですが、今回、早稲田ビジネススクールで、講師である高須さんの授業を受けて、いかに深圳の最新状況を知らないかという無知に気付き、現物を伴わないプレゼンテーションは空虚であることを改めて認識し、目指すべき英知、ヒントを得るという機会に恵まれました。
高須さんは、現在、深圳でスイッチサイエンス社の事業開発をされる傍ら、ニコ技深圳コミュニティを運営されています。さらには、アンドリュー”バニー”ファンの著書「ハードウェアハッカー: 新しいモノをつくる破壊と創造の冒険」を翻訳されており、授業では、いくつかの場面で引用をされました。

講義のトピック


集中講義であるため、通常は90分1コマの授業を2コマずつ8週に渡って全15回行うところを、平日と土曜日含めて6日間に凝縮した講義となりました。講師も受講する学生も集中力を必要とするところですが、飽きさせない工夫があり、日々異なるテーマを取り扱うにも関わらず、それらが関連性をもっており、波打つ勢いと、まるで富士急ハイランドのアトラクション「ド・ドドンパ」のような、つまり、発射直後に数秒で高速稼働をし、最高到達点に届く時、教室全体の時間が止まった錯覚に陥り、あっという間に集中講義が終了してしまい、衝撃だけが体に残りました。
エッセンスとして、次の2つの少し動画を共有させて頂きたいと思います。
1. 深圳ではビルの壁面が巨大なディスプレイになっており、さらに同期して都市まるごとで映像を映し出す。<深圳の改革開放40周年記念ライティング>

2. ドローンによって空間に立体的な絵が映し出される
深圳ドローンによる3Dライティング

前述6日間のテーマは次の通りで、
・イントロダクション・マスイノベーション
・技術(とお金)がデザイン・製品を規定する
・公開イノベーション(イノベーションと知財)
・ハードウェアとソフトウェア、大企業とベンチャー、そしてムーアの法則
・ケーススタディ、ゲスト講義
・マスイノベーション:全体ラップアップとディスカッション
と、深圳のマスイノベーション、ハードウェア、知的財産などの、それぞれ全く異なる要素が、講義の最終回になると、まるでオーケストラのように「統合されて、最終的に深圳のイノベーションにおける全体像を作り上げる」というように、非常に分かりやすい授業でした。

資料引用)「深圳の産業集積とハードウェアのマスイノベーション」講義資料
(※資料にもありますが、横幅は比率が異なります)

さらに、講義における前後の文脈に敢えて触れず1点切り取ると、この人口構成の図が、深圳という街の勢いと、その理由を明確にしてくれます。
まず、このとき知っておきたいのは、深圳の人口は1985年に約30万人だったのが、2012年には約1,200万人と、わずか30年で急速に40倍に膨れ上がった状況です。横に並べた東京の人口が約1,000万人ですが、明らかに構成が異なることに気付きます。
その理由は、多くの工場群にあるのですが、単純に成人した地方出身者が出稼ぎにやってきて、年齢の経過と共に地元に帰っていくのです。上海では不動産バブルが言われていますが、工場でのワーカーには,社宅と食事が提供されており、田舎に家があるので深圳で家を買う必要がありません。
税収を使う対象となる未成年や、高齢者が少ないため、深圳市は中国の中でもかなり税収で潤う都市となり、他の都市からも不満の対象となっているようですが、一方で、冒頭のリンクにあるビルのデコレーションや、毎年3路線が開通する地下鉄など、目に見える形で先進都市としての投資が行われているという特徴もあります。世界に目を向けてもこれほど急激に人が増え、かつ、人口比に偏りを見せる都市は他に無いでしょう。

深圳のマスイノベーションに思うこと


私論となりますが、「深圳のマスイノベーションは、小さなイノベーションを重ね合わせて構造化した破壊的イノベーションそのものである」と感じています。
破壊的イノベーションについて簡単におさらいしておくと、もちろんクリステンセンの『イノベーションのジレンマ』の話になるのですが、書籍では、8インチから始まり5.25インチ、3.5インチへとディスクサイズが変遷していったディスクドライブ市場の事例があります。
 我々は既に歴史を知っているので、ディスクドライブのサイズが小さくなることを経験しているし、素直に受け入れてしまうのですが、その当時、サイズが小さいと言うことは、容量が小さくなり、アクセスタイムが遅くなり、価格が高くなる、という条件を含んでいました。このとき、容量の大きい8インチディスクと、容量の小さい5.25インチではどちらを選ぶのか、と言う課題に対して、8インチディスクメーカーは、既存顧客に対する聞き取り調査を行い、その結果8インチディスクが良いという回答を得て、計画通りに改善を続けたのですが、新規に参入した5.25インチディスクメーカーは、そのような調査おかまいなしに5.25インチのディスクを改善し、8インチディスクの市場から顧客を奪っていきました。さらに、その後5.25インチディスクメーカーも3.5インチディスクメーカーに取って代わられるという同様のことが起きたのです。
 『イノベーションのジレンマ』の文脈では、市場のハイエンド・ローエンドで求められる性能を使った図で紹介される場面があり、例えば日本におけるテレビの4K/8Kは、ハイエンドで求められる性能を超えているというような状況で使われています。
 破壊的イノベーションは、既存の技術と、新規の技術が、お互いに市場の需要に対して何を満たすのかという問題を含んでいますが、新規の技術は、登場当初には市場に受け入れられていない状況から始まります。
ここで言いたいのは、2つの大きな特徴があることです。
一つは、このとき、技術の種類が異なっていることで、既存の技術側は、これまでの成功体験から新規の技術を否定するのですが、そのうちに、じりじりと下から追い上げ、気がつくと新規の技術に抜き去られるという技術のパラダイムシフトが行われることです。
マラソンで競争をしていたのに、横から自転車で追い抜かれて「ルールが違う!」と叫んでも先にゴールした方が勝ちであったり、それを横目にオートバイで抜き去ったりするような状況です。
もう一つの特徴は、プレイヤーが変わることです。
現在の自動車産業に、昔の馬車メーカーは残っていないし、アップルが音楽のダウンロードビジネスをするとき、ライバルはレコード販売店やソニーでは無くGoogle PlayやAmazon Musicが競合となっているのです。
深圳の手法を「偽物」扱いして切り捨て、卑下した視点で自分に言い訳をするのは簡単かもしれませんが、市場に求められていない品質で勝負しようとすることこそ、破壊的イノベーションによって淘汰されてきた企業群と同じように感じました。つまり、世界で市場の嗜好が変化してきているのです。
中国の多産多死モデルであるマスイノベーションによって、従来の品質競争は塗り替えられています。いや、中国という表現は正しくはなく、深圳によるものであると言い換えが必要です。そしてさらに、それを支えるのがムーアの法則によって年々下落する集積回路の価格です。

最後に


では、深圳のマスイノベーションが優れているから、日本においても導入すべきなのかということではないと思います。もちろん「その流れに乗るか乗らないか。ムーブメントは一人目が起こすのではなく、二人目、三人目のフォロワーが起こすのだ。」というのがTEDでも紹介されたデレク・シヴァーズのムーブメントの起こし方なのですが、それはそれとして多くの面に活用できるし、多くの示唆をうけました。ただ、そもそも、多大な人口を背景に勝負するこのモデルに対して、少子化問題を抱える日本が取るべき戦略としては首をかしげるところがあります。
個人的にはハードウェアが好きなので、嗜好の一環として改めて私生活や、自分の子供達にハードウェア製作の楽しみを取り組みたいところです。
一方で、講義でも出てきたのですが、中国の中でもイノベーションの区分けはされており、医薬を含む先端技術は北京で行われており、ムーアの法則に恩恵を受けるところが深圳に影響を与えているそうです。
さらに、私自身はBtoC中心の経験をしてきましたが、深圳の多くの企業が産み出しているのは、価格やアイデアのイノベーションであるため、品質・保証を求める重工業・エネルギーや、サービス産業、他にも多くの産業では、別の素養が求められるとも思いました。
問題の正解が1つとは限らない混沌とした現代において、深圳型マスイノベーションを理解することは、日本の製造業においてかなり大切な一手となることでしょう。つまり、この講義は、今一度、オカワリが必要だと思いました。

参考文献
Clayton M. Christensen (1997) THE INNOVATOR’S DILEMMA, クレイトン・クリステンセン (2001) 『イノベーションのジレンマ』玉田俊平太[監訳者]伊豆原弓[訳者] 大日本印刷株式会社

 


次回の更新は3月15日(金)に行います。