[ STE Relay Column 032]
高須 正和「複雑な世の中とシンプルな法則」

高須 正和 / 株式会社スイッチサイエンスほか 

[プロフィール]無駄に元気な、Makeイベント大好きおじさん。DIYイベントMaker Faireのアジア版に、世界でいちばん多く参加している。
日本と世界のMakerムーブメントをつなげることに関心があり、日本のDIYカルチャーを海外に伝える『ニコ技輸出プロジェクト』や『ニコ技深圳交流会』の発起人。MakerFaire 深圳(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスのGlobal Business Developmentとして、中国深圳をベースに世界の様々なMaker Faireに参加。
インターネットの社会実装事例を研究する「インターネットプラス研究所」の副所長を務める。
著書「メイカーズのエコシステム」「世界ハッカースペースガイド」訳書「ハードウェアハッカー」ほかWeb連載など多数、詳細は以下:
https://medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

2019年の2月、「深圳の産業集積とマスイノベーション」として、15回の集中講義を担当させていただいた。ざっくりと講義の内容や、フィードバックの感想を書いていく。

正解があるイノベーションと正解がないイノベーション


物理法則を相手にした、「早くする・軽くする・強くする」といったイノベーションは正解があり、人間を相手にした「おいしくする・かわいくする・かっこよくする」といったイノベーションは正解がない。
正解があるイノベーションの方がユニバーサルで、何をやるにしても必要なので、これまでの人類はそちらを追いかけていた。イノベーションの日本語訳は技術革新で、字面からも正解があるイノベーションだけを想定しているのがわかる。

一方でインターネットによって社会はのあらゆるものがネットワーク化され複雑になり、これまでは「新しいトレンド」はマスメディアなどの限られた経路でしか広がらなかったものが、インターネットによるバズでどこから起きるかわからなかくなった、つまりは予測可能だったものが予測不可能になったことで、マスイノベーションの時代が到来した。TictokもTwitterもニコニコ動画も、何の技術革新でもないが、大きなお金を生んでいる。お金の扱われ方は昔も今も変わっていない。最終的には「便利にする・儲かるようにする」といった、両方の要素が含まれた結果に対して支払われる。正解がないイノベーションも、今では立派な産業になっている。最近のシリコンバレーで目立つ会社はだいたいそちらだ。
ずっと世界の下請け工場を続けていて、しっかりした研究開発をするような研究機関はないが、パパッとものをつくれるエコシステムは揃っていて、今は給与が上がって下請けでは苦しくなってきた深圳は、マスイノベーションが多く見られる場所である。少し主語を大きくしていえば中国全体が、日本と比べるとそうで、新しいインターネット技術が生み出されるような蓄積にはまだ少しかかるだろうが、スマホ決済のような「インターネットの新しい使い方」は日々生み出されている。

「深圳の産業集積とマスイノベーション」として僕が担当した15回の講義は、全体としてはそうした正解のないイノベーションを扱うものだった。

「ナウイスト」プレイヤーとしての視点


講義の最後に引用した、伊藤穣一(Joi)の「ナウイストになろう」は、最初の著書「メイカーズのエコシステム」からずっと、ことあるごとに引用している。
世界が複雑になったかわりに、何でもゼロから学び、自分たちで物事を起こし、コミュニティを作っていくことが可能になったこと、そして大資本以外からも社会の変化が起こるようになった社会により、自分自身がプレイヤーとして走りながらコミュニティを作り、考えていく重要性をJoiのトークは語っている。

-オープン化
-フラット化
-リゾーム化
-ネットワーク化
-情報を出すとより集まってくる
など、もはや言葉としては手垢がついたとさえ思える当たり前のスローガンが、実際に手を動かして実施することで新しい可能性が開けることが、トークから伝わってくる。こうした言葉は今も日本の大きな組織の中では、単に言葉だけで終わっている。僕も「そういう会社の中でどういうことができるか」は、きちんとした答えを出せなかった。
(中国の大企業は、すぐスタートアップに対して投資家になっているので、そういうのがいいとは思う)

同じく使い古されているが実施されていない言葉に、「Learning by doing」がある。経済学の世界とSTEM教育の世界の2つの業界で使われるが、ニュアンスはやや違う。
経済学/経営学の世界では「先行優位」と伝えられる。さきにゲームを始めれば経験値も先にたまり、どんどん差がついていくという意味だ。STEM教育の世界では「教科書やこれまでの教育で学べないことを、実際に手を動かすことで学ぶ」という意味で使われる。
今回の講義で伝えたかったことのほとんどは、自分が活動を通して学び、その「希少性がある経験」が今の僕の仕事を作ってくれた、一連の知見をシェアしたものだ。ニュアンスは異なれど言いたいことは共通している。
組織の新旧、知財のあり方、テクノロジーの価値などは、僕は書籍よりも実際のモノを相手にして学んできた。その意味で、Joiの結びの「Super present」(今に集中しよう)にはすごく同感する。

僕自身の講演は工学部なのでやることが多い(知り合いの先生でそちら側が圧倒的に多いから)のだけど、学生に必要なことを聞かれたときには「自分で作ったものを売ってみること」と毎回答えている。売ったことないけどテクノロジーの研究が長い人の社会や商品への視線はどうしても歪む。僕もデジタル同人誌を手売りしてみて気づいたことは多い。シリコンバレーのスタートアップも深センの起業家も、作ったものに客をつけるところから世界を変える。作ることと売ることをセットにして考えること。入口はそこなんじゃないかと思っている。

競争のある世界とない世界


今ぼくが深セン中心部で住んでいるのは1580RMB(2.5万円ぐらい)のアパートだ。深センの家賃は東京都さほど変わらないから、「青山で3万円」みたいなアパートを想像してもらうとだいたいイメージできると思う。広さは2畳ぐらいしかない。クラスのみんなと名刺交換していたときの第一印象は、「自分の年収、教室の半分より低そうだな」だった。あまりお金はないけれど、今の収入で気をつけて生活していれば充分まわるし、競争がある社会にいたころより、毎日が楽しいと感じている。
ぼくが今やろうとしてることはどのぐらいお金を生むか、10年後も仕事として成立してるかはわからない。出張ばかりだし独り者だし、家賃を抑えてサバイブできるようにしておくのは大事だ。フルタイムに近い形で、やりたいことで生活が回っただけで、ここ数年はかなりハッピーだ。手持ちはリュックサック程度でも、世界には面白いものがたくさんある。

「未来はすでに来ている。ただ均等に分配されていないだけだ」(SF作家、ウィリアム・ギブソン)

大きなお金を生み、誰もが必要とするようなもののそばよりも、今みたいな事をしている方が楽しい。
いま僕が相手にしてるのは小さくて柔軟なイノベーターの世界で、そこは「日本か中国か」とか「来年の10大トレンド」みたいなフワッとした守護の大きい言葉が出てくる場所ではなく、具体的なモノや行動の場所だ。「どこかのメディアで聞いたような話」は、どんどん「どうでもよい」ものになっていくだろう。

ハードウェア・ハッカーで、バニーホアンはスタートアップのファウンダーから独立した発明家になることをこう語っている。「会社やVCの支援を受けていた頃よりはずっと慎ましい暮らしだけれど,僕はずっと独立している。黄金の手錠とアーロンチェアか,リュックサックとはるか彼方の面白そうな場所のどっちを選ぶかという話だったんだ。」

授業でも紹介した深センの発明家「コピーキング ロビン・ウー」
https://fabcross.jp/topics/tks/20170531_chinese_copy_01.html
も、バニーと同じようなことを言っていた。
コピー天国の深センで発明を続ける理由について彼は、「誰かが思いついたものをコスパ勝負で製造するか、自分が思いついた売れるかわからないものを造るかの、製造業にはこの2つしかない。僕はあまり競争が好きじゃないから、発明を続ける」と語っていた。僕が今みたいな仕事をする1つのきっかけになった言葉だ。

複雑な事象とシンプルな法則


-競争のある世界とない世界
-正解のあるイノベーションとないイノベーション
魚の群れや空気の流れが、どれだけ複雑で予測不能でも、原理としてはシンプルにできているように、自分にとってやりたいことに全力投球し、やりたくないことをサステイナブルに減らしていくことで、未来は開けていくのだと思う。
こういう時代になり、アカデミアの価値は変われど、重要性はむしろ増している。そのなかでマスイノベーションについて考え、ディスカッションできた15コマは、すごく多くのものを僕に与えてくれた。

アカデミアにはいろいろお世話になったので恩返しできると嬉しい。 プロデュース頂いてる 牧 兼充先生、 ゲスト講義いただいた 秋田 純一, 小室 真紀 金本 茂, 水田千恵伊藤 亜聖 木村 公一朗みなさま、そして講義参加してくれた学生みなさんありがとうございました、これからもよろしくおねがいします!

 


次回の更新は3月8日(金)に行います。