菅井 内音 / 東京工業大学修士1年
JST-RISTEX「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」プロジェクトにリサーチアシスタント(RA)として従事して約1年半になります. 本記事では, 私はプロジェクトに入った経緯や, これまで行ってきた分析内容, また現在行っている研究について記述させていただきます. どうぞよろしくお願い致します.
1. プロジェクトに入った経緯
私がこのプロジェクトに入ったのは昨年の3月のことです. 当時私は慶應義塾大学の学部3年生であり, 次年度以降配属される研究室が決まったところでした. 研究室の先輩には同じく本プロジェクトのRAである福留さんをはじめとして, 政策研究大学院大学(GRIPS)で働いている方が何人かいました. そういった経緯もあって私も先輩方からGRIPSへのお誘いを受け, その後当時GRIPS所属であった牧さんの研究室にRAとして従事することになりました. その後牧さんがWBSへ異動されたため, 現在は隅蔵さんの研究室でRAとして従事しております.
2. 今まで行ってきた研究について
私のGRIPSでの研究は, San Diego地域における発明者の繋がりに関する, 特定の企業を中心としたケーススタディから始まりました. 特許データ(PatentsView)を用いて, 会社間での発明者の移動について時系列分析を行ったりしました.
他には, Crunchbaseというスタートアップに関するデータベースを用いた分析を行いました. 図1はBoston地域, Silicon Valley, San Diego地域の3地域間で, スタートアップ企業が始業してから成功する(上場(IPO)または他企業に吸収される)までの年数の平均を比較したグラフです. 黒線は標準偏差ですが, 特にBoston地域ではその幅が大きいです. またシリコンバレーでは特に買収が盛んに行われている傾向が伺えます.
図1. 3地域間のスタートアップ企業の成功年数の平均比較
3. 現在行っている研究
今年に入ってからはスター・サイエンティストを中心とした分析を行っております. 現在私が主に担当しているのは日米間のスター・サイエンティストの比較です. 今年初めの頃は, 東京大学とカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)に所属しているスター・サイエンティスト(この場合はClarivate Analytics社が毎年発表しているHighly Cited Researcher(HCR))についての比較を行っていました. 図2はその分析内容の一例となります. 東大所属のHCRはそのほとんどが東大で博士号を取得しているのに対し, UCSDのHCRの博士号取得校は非常に多岐に渡っており, 2大学間でのスターの性質の違いが現れております. この他, 両大学のHCRが1年間あたりの発表している論文数の平均を比較すると. UCSDのHCRの方が有意に多く発表しているというデータも得られました. この背景には, 各国の大学における教授の立場の違い(日本の大学教授は学生相手の講義に少なくない時間を割いているなど)が考えられます.
現在はより大きなスケールでの, より詳細な分析をしようとしているところです. 例えば比較対象に挙げる大学を変えたり, 複数の大学を比較対象にしたりするなどです. 分析内容についても, スターとそうでない研究者の違いには2国間で差異があるのか, スターと企業の関わり方には違いがあるのかなど, 考えるべき課題は数多くあります. 特に後者については, スターの関わった企業特許, もしくは大学-企業による共同出願の特許, また論文とリンクしている特許等について分析をし, 12月の知財学会にて発表する予定です. これらの分析をより効果的に行うためには, Web of Science等論文や特許のデータベースにおける研究者の名前の「名寄せ」(Disambiguation)を行う必要があり, 現在そのアルゴリズムを検討しているところです.
図2. 東大・UCSD所属のHCRの博士号取得校一覧
4. その他・未来への展望
昔から数字が好きだった私は, 大学生になってからデータ分析に大きな興味を覚え, それもあってこのプロジェクトに従事することを希望させていただきました. このプロジェクトで扱うデータはサイズの大きいものが多く処理時間も長くなりがちで, はじめのうちはどのように扱えば良いのかわからず苦戦することが多くありました. 効率よくデータを利用するためにはどうするのかを考えたり, 勉強したりする中で, 単なる統計分析だけではなく, データベースそのものにも興味が沸くようになりました.
また, 現在東工大では自然言語処理に関する研究を行っていますが, そちらでも言語データなど大きなデータベースを扱う場合があります. その点では, こちらでの経験が大いにためになっております. アシスタントという立場ではありますが, 「こういった視点から分析をしてみてはどうか」など自ら提案をする機会もあり, 積極的に仕事を行うことができております.
RAとして従事する中で, 日本の研究開発がどのようにすれば良い方向に進むのかを私なりに考えております. プロジェクトのメンバーとして, 今後の研究成果で何らかの道筋を考案できればとも思っております. ただし, 私自身が研究者, および「仕事をする人」としては非常に未熟であることを忘れてはならないと思います. 修士になって半年もたっていない自分がこれまでに出した論文は卒業論文1本のみです. スター・サイエンティストの殆どは論文を100本以上出しており, 1000本以上の論文を発表している研究者もいます. 例えばIPS細胞で有名な京都大学の山中教授は2000以上の論文をジャーナルに投稿しています. 今の私には到底想像できない世界です. 分析をしていきながら, 「どのようにすれば良い研究人となれるのか」ということをまずは私自身学んでいかなければなりません.
次回の更新は9月14日(金)に行います。WBS卒業生で本田技研工株式会社の中島 好美さんによる「期待していたビジネススキル以上に、新しい分野への興味と踏み出す力をもらった2年間!!」です。