佐々木 逹郎 / 政策研究大学院大学専門職及び早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員
1.はじめに
政策研究大学院大学(GRIPS)に着任して慣れない六本木生活を始めた佐々木達郎(ささきたつお)と申します。早稲田大学ビジネススクール(WBS)で牧さん・原さんと出会ったことで、入学時には思いもしなかった方向に人生が変化して現在に至ります。
最初はガンダムネタを交えてこの原稿を書き始めたのですが、5,000文字を突破してもスター・サイエンティストが登場してこないので、こちらは別の形で公開することにしました。普段はあまりにガンダムネタが多いので、このコラムでは自分のことを振り返って書いています。
2.技術者時代
大学~大学院時代は金属ナノクラスター(ナノメートルサイズの金属微粒子)を実験室で合成して、透過型電子顕微鏡で観察してサイズ分布を求めるという研究を行っていました。
当時使っていた電子顕微鏡のあった東大生産研が2001年に六本木から駒場に移転して、その跡地に出来たのが現在の勤務先である政策研究大学院大学です!20年の時を超えて、昔は理系の実験で、今はイノベーション研究で同じ場所に通っているというのも不思議なご縁を感じます。
そんな電子顕微鏡技術者時代に、大変思い出深い出会いがありました。日立製作所で電子顕微鏡開発に携わった外村彰さんの講演を聞くことができたのです。外村さんは日立の中でも電子顕微鏡開発一筋で、基礎的な研究から製品の開発までを担当されていました。中でも「二重スリットの電子の通過」実験では、2本のスリットに対して電子を1個ずつ発射してもスクリーンでは波の干渉が見られるという量子力学の入門で必ず目にする実験です。これは世界で最も美しい実験に選ばれるほどの内容でした。
そんな電子顕微鏡業界ではレジェンドとなっていた外村さんが、講演の中で「どうして電子顕微鏡で1つの原子が見えないか知っていますか?」と私たちに問い掛けたのです。当然、普段から使っている私たちにとって、その答えを考えることは容易でした。「空間分解能が足りないから」「1つの原子では信号量が足りないから」「試料作成と保持が出来ないから」などなど、出来ない理由がサラサラっと出てきました。
しかし、外村さんの答えは違いました。「どうして電子顕微鏡で1つの原子が見えないか?それはね、私たち開発者がサボっているからなんです。ちゃんと問題に向き合って、知恵を出して解決策を思いついていないからです。」という答えを聞いたときには衝撃が走りました。どうやったら解決できるかという発想が自分たちからは出て来ずに、出来ない理由だけを説明できるようになっていたのが悲しいやら情けないやら・・・外村さんのような大変な業績を上げている科学者でも、常に謙虚に課題に取り組んでいるという姿勢には感銘を受けました。
また、外村さんが電子顕微鏡研究を続けることが出来た背景には、外村さんをサポートして庇ってくれた上司の貢献があったことを紹介していました。経営陣に色々と注文をつけられても、外村さんが電子顕微鏡の研究開発に専念できるように手配してくれたそうです。ご自身も「科学者が自由に研究できるようになって欲しい」と語られていました。
技術者時代はノーベル賞受賞者を含めて多くの科学者・技術者の話を聞く機会がありました。誰もが「もっと自由に研究させて欲しい」と口を揃えていたのが印象的でしたし、自分自身も共感することが多かったのです。
3.WBS生活
3-1:Facebookを介したつながり
WBSでは入学直前の3月のプレ講義が開催され、そこでご縁のできた長内さんとは、同級生よりも先にFacebookで友達になりました。そしてWBS入学より先にWBSガンダム部に入部するというところから私のWBS生活は始まったのです。
今でこそFacebookに定期的に投稿していますが、まともに使い始めたのはWBSに入ってから。最初の頃は簡単な日記メモみたいなものを投稿していましたが、そのうち講義で学んだことをFacebookで共有するようになりました。WBSでの授業(特にプレゼミ)がとても面白く、記録に残さないともったいない!と感じるようになったのです。
「単なる文字起こしではなく、自分なりに整理する」「授業で扱ったケースの中身には触れない。ネタバレ禁止」「受講生の発言には触れない」という自主ガイドラインの元でやってきましたが、Facebook上で授業の延長戦みたいになって意見交換できたのは面白かったかなと思います。
長内さんに加えてWBSの入山先生・池上先生・川上先生・根来先生・樋原先生あたりが投稿にコメントをつけて議論が盛り上がってしまって、同級生から「私もコメントつけたかったけど、先生ばかりが盛り上がっていてコメントしづらかった」と苦情が来たのも良い思い出です(笑)
また、WBSの先生方を通じて法政大学加藤先生・慶應大学琴坂先生・関西学院大学玉田先生・日本大学宇田先生とアカデミックな方面にもつながりが出来たのはとてもありがたかいと思います。
ただ、Facebook投稿は検索性が悪く過去の情報を引き出すには向かないインターフェースになっています。そこで、WBS1年目の終わりに内容を全てブログに移しました。ブログでは先生ごとにタグをつけて、簡単にお目当の先生の講義録を抽出できるようにしてあります。最初の頃は#ガンダムというタグも律儀に付けていたのですが、やがて「自分のブログにはこのタグが付かない投稿が無い」ことに気づいて辞めました(笑)
3-2:WBS部活を介したつながり
社会人大学院では仕事も学びもあるので遊ぶ暇など無い!と思いきや、そこはメリハリをつけてリフレッシュするのが上手なWBS生。部活と称するグループが大量に存在しています。2017年の新人歓迎会向けに集計した時点で77のサークルの存在が確認されていますが、日々増殖していってます。
一部を紹介すると、フットサル部やランニング部といった運動系、早稲田出身のWBS生が集まるワセダワセダや慶応出身者が集まり大隈重信像の前で若き血を歌うというWBS三田会などの出身校系、激辛部や餃子部、牛肉部といったグルメ系、IT部やヘルスケア部、企業部といったビジネス系などなど。Facebookグループ上で情報交換をしたり、早稲田の教室を借りて講演会をやったり、飲み会などイベントを企画したりしています。
私が関わった部活について、簡単に紹介しましょう。
3-2-1:WBSものづくり部
ものづくり部は工場見学に行ったり、メーカーの方に講演会に来て頂いたりする早稲田大学公認サークルです。広島マツダの工場見学やソニー本社のショールーム見学では、長内先生のご紹介の元、メーカーの役員の方が質疑応答にとことん付き合ってくださるという素晴らしい環境で議論もさせて頂きました。WBSには色んな業界・職種の社会人学生がいて、各自のポジションから見える論点を出し合うので議論自体もとても面白いものになりました。
広島マツダに行った時は打ち上げで盛り上がり、工場見学の時間よりも広島を飲み歩いている時間の方が遥かに長いということもありました(笑)
3-2-2:WBS九州人会
九州にご縁のあるWBS杉浦正和先生の「九州に帰省したときにWBS生が集まれると良いよね」という言葉を伝えきき、宮崎出身の二宮朋子さんたちと一緒に九州人会を立ち上げました。人材・組織の授業が終わった22時過ぎに杉浦先生の研究室に集まり、九州銘菓・焼酎を楽しみながら九州トークをするのはとても盛り上がりました。「九州の田舎に帰省したときの親戚の集まり」という表現がまさにぴったりな空気感のイベントでした。
そして、このWBS九州人会を契機として九州出身のAKB48柏木由紀さんとご縁ができ、2017年9月14日には柏木由紀さんをお招きしてWBSでアイドルに関する講義が実現しました。WBSで培った質の高い人のつながりによって、到底不可能に思えたイベントを実現させるという、まさに「MBAの財産は人脈」という言葉を実感したような出来事でした。
3-2-3:WBS粉もん部
粉もん部はお好み焼きやたこ焼きなどの粉もんの写真をFacebookグループに投稿するというサークルです。もともとはWBSものづくり部で広島マツダに行くイベントのときに、「広島でお好み焼きを食べよう!」というコンセプトで長内さんがネタ的に立ち上げました。朝起きたら何の説明もないまま、長内さんにグループに追加されていたのが私が参加したきっかけです。
その後、ちょうどサバティカルから一時帰国していた長内さんが「もんじゃを食べに行こう!」と言いだし、2016年12月3日に粉もん部のイベントが開催されました。そのときに長内さんから「共同研究の打ち合わせをしよう」と呼ばれて参加していたのが原さんだったのです。このとき、原さんは長内さんと何の打ち合わせもできぬまま、ひたすらもんじゃとお好み焼きを焼いていました。
このイベントは原さんと奥様の初めての出会いの場でしたが、その裏でしれっと私とも出会っていたということになります。ご縁とは不思議なもんです。
3-2-4: WBS映画(主にアニメ)部
これも長内さんが「シン・ゴジラについて語り合いたい!」というコンセプトで立ち上げ、朝起きたら私もグループメンバーになっていたという部活です。シン・ゴジラは大変話題になり何度も見ましたが、その夏は「君の名は。」も大ブレイクしました。
その後、2017年3月に「君の名は。聖地巡礼ツアー」と称するツアーを企画しました。映画を見る・銀座で開催されていた「君の名は。展」に行く・キービジュアルの階段のモデルになった須賀神社に行って写真を撮る・作品に登場した新宿御苑のラ・ボエムに行くという、充実したツアー内容だったと自負しています。参加希望者が多かったので2回開催することにして、私は両方でツアーコンダクターとして参加するということをやってました。これにも原さんが参加して、長内さんと一緒に君の名は。キービジュアル写真をツーショットで撮ってました(笑)
3-2-5:WBSおでん部
こちらは樋原伸彦先生のベンチャー・ファイナンスの授業が終わった後、Facebook投稿でのコメントがきっかけになって設立した部活です。本来はこじんまりして小汚いけど味は絶品!というおでん屋を楽しむコンセプトだったはずが、参加希望者がどかっと集まるとそういったお店には収まらず、結局普通の飲み会に変わるときもありました。おでん部の写真を見ると、なぜか悪い大人たちが集まっているような雰囲気が醸し出されていると感じるのは樋原さんの人徳かもしれません(笑)
3-3:牧さんとの出会い~TA
牧さんとリアルで会ったのは2017年の6月で、それまでは長内さんのFacebookのコメントで時々見かける方という程度の認識でした。2017年6月22日に「日本の科学と産業の停滞と復興」という公開シンポジウムが日本学術会議講堂で開催されていて、そこで牧さんと名刺交換したのが最初です。その後、6月28日に立本博文先生がモデレーターを務める知財学会のシンポジウムに参加するため、GRIPSを訪問しました。その時の様子を現地からFacebookに投稿すると、会場に原さんが顔を出してくれて、牧さんからは「シンポジウムが終わったら研究室に寄って」とコメントが来たのです。ちょうど牧さんが秋からWBSに着任することが決まっていたこともあり、研究室にお邪魔してWBSのことを紹介したり質問に答えたりしていました。
WBSの秋学期が始まる直前の9月末に、牧さんのWBS歓迎パーティを有志で開催しました。初対面の先生をお迎えする形だったので、どうなることかと思いましたが、牧さんお手製のサンディエゴで作ったビールも振舞って頂き、盛り上がったパーティになりました。
ちょうどパーティの集客をやっているタイミングで、秋学期から始まる牧さんの授業「技術とオペレーションのマネジメント」のTAを募集していたのですが、なかなか立候補者が現れませんでした。アシスタントがいないと大変と牧さんから伺っていたので私も何度か告知をしましたが、手応えは無し。結局自分で手を上げてTAになりました(笑)その後、平山毅さんも加わってTA2名体制で進めることになりました。
実際に始めてみると、リアルタイムでのアンケートシステム操作・ディスカッションの板書・レポートの集計・発言点の集計・資料の配布・早稲田システムへの入力まとめ・授業フィードバックの入力など、授業中も授業後もひたすら忙しいTAでした。
牧さんの授業に関わる中で、シラバスを入念に作り込み、講義で到達すべき点を明らかにし、採点基準は透明化してしっかりデータを取るという授業の組み立てを学ぶことができたのは大きな収穫でした。本当はTAやりながらも講義内容をレポートにしようかと思って参加したのですが、とてもそんな余裕はありませんでした。
受講生の邪魔にならず、すぐに移動できるように床に座っていたところ、授業アンケートで「TAの2人も椅子に座らせてあげてください」という心温まるフィードバックが来たのも良い思い出です。
4.スター・サイエンティストプロジェクト
社会人になって以来、電子顕微鏡技術者の立場から半導体業界をずっと見ていました。しかし、まさに私が社会人生活を送っていた時代は、日本の半導体産業凋落の時代だったのです。かつてシェア世界1位を誇ったDRAMも韓国企業に追われ、エルピーダメモリに集約されたものの最終的には破綻してしまいます。半導体事業を切り離してルネサスに集約したものの、構造改革には長い年月を要しました。学会で半導体に関する興味深いテーマ発表があっても「開発に成功しても、日本では量産できないだろう」という諦めの雰囲気が出ていたような時代でもありました。知り合いの研究者の中からも、海外企業に転職する人・全く別の部署に異動する人・研究以外の業務に変わる人など、いろんな道に別れて去って行く人が相次いだのです。
そんな経験から「自社の技術開発はどうすれば良いか」という関心に加えて、「どうやったら科学者が良い研究ができるだろうか?」という点も大きな課題と考えていました。2017年の春に原さんから一橋ビジネスレビュー「ノーベル賞と基礎研究」のご紹介を頂いたときは、「まさにこれだ!」と思って買い求めました。赤池伸一さん&原泰史さんのノーベル賞に関する論文や、齋藤(長根)裕美さん&牧さんのスター・サイエンティスト論文を読みましたが、この時はまさか1年後に一緒に仕事をするメンバーに加わるとは露ほども思っていませんでした。
そんな個人的な思いもあり、WBSでの修士論文では大型放射光施設(SPring-8)で高いパフォーマンスの研究ができる要件を探索することをメインテーマに据えました。どのような実験課題を採択し、どんな研究チーム構成を推奨すべきかを、イノベーション研究の観点から明らかにしたいと思い、2017年の8月ぐらいからデータセット作りをしていきました。経営戦略とは随分を離れたテーマながら、ご指導いただいた淺羽茂先生には心から感謝しています。
WBS卒業前には長内さんに研究会で修論内容を発表するようにお声がけ頂き、京都大学椙山泰生先生を訪ねて議論と指導を頂きました。また、この2日間の京都出張の中で長内さん・牧さんと意見交換をして行く中で、自分は「科学者が良い研究するにはどうすれば良いかを考える」ところに軸足を置きたいと思えるようになったのです。ミクロ(企業)でもマクロ(政策)でも関心事は同じです。Facebookの投稿では、ひたすら京都観光して飲み食いしている3人組のようにしか見えなかったかもしれませんが、その裏では人生の転機があったのです。
現在、スター・サイエンティストプロジェクトの中ではイノベーション政策の調査とスター・サイエンティストの特徴を調べる定性分析を担当しています。スター・サイエンティストは何らかの定量的な基準(論文の被引用回数)などで抽出していくわけですが、その基準で抽出された科学者が本当にスター・サイエンティストと言えるのかは検証が必要です。なぜ卓越した科学論文を書けたのか?彼らにはどんなコンピテンシーがあり、どのような影響を周囲に与えているか?といった課題に対して、調査研究を進めて行きたいと思っています。
次回の更新は8月24日(金)に行います。JST RISTEXの黒河 昭雄さんによる「研究政策開発のあり方を「科学」する」です。