[ STE Relay Column 002 ]
隅藏 康一 「スター・サイエンティスト研究プロジェクトの経緯」

隅藏 康一 / 政策研究大学院大学教授

[プロフィール]
東京大学理学部生物化学科卒業、同修士課程修了。東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻にて1998年に博士(工学)の学位を取得。同年より東京大学先端科学技術研究センター客員助手、1999年より同センター助手。2001年より政策研究大学院大学助教授、2007年より同准教授、2016年より同教授(現在に至る)。2012年6月より2015年5月まで、文部科学省科学技術政策研究所(NISTEP)第2研究グループの総括主任研究官を兼務した。2017年より早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員。研究・イノベーション学会(旧:研究・技術計画学会)の理事を2000年から現在まで務め、日本知財学会の理事を2002年の同学会設立時から2014年まで務めた(現在は同学会の学会誌企画委員長)。2000年から現在まで、知的財産マネジメント研究会(Society for Management of Intellectual Properties: Smips)を主宰している。専門分野は、科学技術イノベーション政策、知的財産政策、科学技術と社会、ライフサイエンス政策。

私と牧兼充さんとの出会いは2000年代初頭にまで遡りますが、牧さんの渡米後、現在のプロジェクトにつながる再会を果たしたのは、2013年2月、米国サンアントニオで開催された大学技術マネジメント協会(AUTM)の年次集会でのことでした。当時、牧さんはUCサンディエゴで博士論文のための研究に取り組んでおられました。一方の私は、政策研究大学院大学と文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)を兼務している時期でした。大学・公的研究機関などの学術的な研究の成果がどのように企業におけるイノベーションに貢献しているかをテーマとした研究に取り組んでおりましたが、牧さんと久しぶりにお話させていただく中で、非常に関心領域が近いことに気づきました。また、当時の私が研究や授業準備のために読んでいた論文の著者の中で最も頻繁にそのお名前を拝見していた、スター・サイエンティスト研究で高名なUCLAのLynne Zucker教授ならびにMichael Darby教授と、牧さんが非常に近しい関係で研究を進めていることを知りました。
その翌月、2013年3月に、NISTEPにおいて、翌年2月にシカゴで開催される米国科学推進協会(AAAS)の年次集会の中でNISTEP主催のシンポジウムを開催すべく、AAASに対して企画提案書を出すことになり、私がその担当になりました。AAASの年次集会でシンポジウムを主催することは、研究機関や研究チームにとって一種のステイタスであり、多くの提案が集まってその中からごく一部が採択される、非常に狭き門となっています。それを担当することになった私は、自分自身の関心テーマである、学術的知識のイノベーションへの貢献を題材として、シンポジウムの提案を構築しようと考えました。そこで思い浮かんだのが、1ヶ月ほど前に再会した牧さんの顔でした。翌年のこのシンポジウムで、牧さんとZucker教授それぞれにご講演いただき、パネルディスカッションに登壇していただこうと考え、牧さんに連絡したところ、すぐにご快諾くださいました。幸い、牧さんやZucker教授のご協力のおかげで、私が企画したNISTEPのシンポジウムの提案は、AAASによって、翌年の年次大会のプログラムの中の正式な企画として採択されました。
翌2013年のシカゴでのAAAS年次大会は、大雪の中で開催されましたが、NISTEP主催のシンポジウム “Are We Making the Best Use of Academic Knowledge in Innovation System?” は朝一番の企画だったにもかかわらず、多くの参加者があり、たいへん有意義な議論をすることができました。モデレータをお願いしたDr. Christopher Hill(ジョージメイソン大学名誉教授)からもお褒めの言葉をいただきました。シンポジウムの中で、牧さんは、ご自身の最新の分析結果をご報告くださいました。Zucker教授は直前に体調を崩されたため、残念ながらシカゴの会場にはいらっしゃれませんでしたが、スカイプでご自宅とつないでご講演いただくことができました。
その約1ヵ月後、私はサンディエゴに向かう飛行機の中にいました。サンディエゴ在住の牧さんを訪問し、一緒にUCLAを訪れてZucker教授に上記シンポジウムのお礼を述べるとともに、この出会いをさらに発展させて、今後の共同研究等の可能性について議論することが主たる目的でした。サンディエゴからロスアンゼルスまでは、牧さんが運転する車に乗せていただき、道中、西海岸の美しい風景や地元で人気のレストランの味を楽しむことができました。UCLAではZucker教授・Darby教授に歓迎していただき、ランチをご一緒させていただいた後、研究の打ち合わせとなり、今後日米の交流を促進して共同で研究を行いましょう、ということになりました。このときの共同研究の計画は、すぐに具体的なものとなったわけではありませんが、その後も2015年5月にUCサンディエゴで開催された国際カンファレンスに私がご招待いただき研究報告を行った際にも牧さんやZucker教授・Darby教授とお目にかかるなど、フェイストゥフェイスの交流が継続されました。
それから約1年後、2016年4月から、前年にUCサンディエゴから博士号を授与されスタンフォード大学での研究活動も経験なさった牧さんが、私の所属する政策研究大学院大学に助教授として着任することとなりました。これにより、2012年の再会からの流れが一気に加速することとなりました。
少し話がさかのぼりますが、それ以前から、政策研究大学院大学では、学術的知識の導入が企業におけるイノベーションに及ぼすインパクトに関する研究プロジェクトが実施されていました。そのルーツは、2005年度の途中から、理化学研究所から政策研究大学院大学への委託研究として始まった「ライフサイエンス政策研究プロジェクト」です。このプロジェクトの中で、2006年に医療経済学者の長根(齋藤)裕美さんが研究助手として採用され、のちに助教授に昇任しました。私と長根さんの共同研究として、学術研究のインパクトをどのようにして定量化するかという難題に、様々なアプローチで取り組みました。左記の理化学研究所とのプロジェクトは2012年度まで続き、次いで2013年度から2015年度までは、学内の政策研究プロジェクトセンターにおけるリサーチプロジェクトとして「エビデンスに基づいたライフ・イノベーション政策の構築」が設置され、私が代表者を務めました。2015年度からは、そのリサーチプロジェクトを引き継ぐものとして、私が代表者、長根さんらが分担者となって申請した科学研究費補助金・基盤研究(B)の研究課題「学術的知識の導入が企業におけるイノベーションに及ぼす影響」が採択され、2017年度まで続きました。長根さんは2011年に千葉大学に准教授として転出なさりましたが、それ以降も私と長根さんの共同研究は継続的に実施されています。
2016年度に話を戻しますと、牧さんの帰国と政策研究大学院大学への着任を機に、私と牧さん、長根さん、ならびに前年度から政策研究大学院大学に専門職として所属なさっておりデータ科学やイノベーション研究に関する専門的知見をお持ちの原泰史さんの4名がコア・メンバーとなって、Zucker教授・Darby教授が1980年代の日米のデータに基づいて分析を行ったスター・サイエンティスト研究を踏まえつつ、それを発展させた新たな研究プロジェクトを構想するという作業が開始されました。
原さんと私との、政策研究大学院大学以前のつながりを示すエピソードとしては、奇しくも近い時期に全く別個のプロジェクトとして、大阪大学の元学長でいらっしゃる岸本忠三先生に、産学連携による医薬品の開発事例としての、抗体医薬アクテムラの開発についてのインタビューを行っていたことが挙げられます。そのため、非常に関心領域が近いかただなと思っていました。そして、スター・サイエンティストのプロジェクトを機に、データの取扱い、分析手法等をはじめとして、イノベーション研究とその周辺に関する様々な知見を教えていただており、パリで在外研究を行っておられる2018年度も、原さんに引き続き多大なるご貢献をいただいています。
2017年度からは、牧さんと原さんにも上記の科研費の研究課題の研究分担者になっていただき、リサーチ・アシスタントとして福留祐太さんと菅井内音さんにご協力いただくことにより、スター・サイエンティスト研究のプロジェクトが具体的に動き出しました。2017年9月には、政策研究大学院大学・政策研究プロジェクトセンターの短期学術会議支援事業により、Zucker教授とDarby教授をお招きして本学でセミナーを開催することができました。また、詳しくはこのリレーブログの中のご本人の担当回において詳述されると思いますが、2017年には長根さんが9ヶ月間にわたってUCLAに滞在し、Zucker教授とDarby教授のもとで研究を行ったことにより、当プロジェクトと両教授とのつながりがさらにいっそう深まりました。
そして2017年度後半からは、JST RISTEXの公募事業「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」のプロジェクトとして「スター・サイエンティストと日本のイノベーション」が採択され、牧さんが研究代表者、私が研究副代表者となり、早稲田大学大学院経営管理研究科と政策研究大学院大学が実施機関となって、プロジェクトを進めています。2018年度からは政策研究大学院大学に新たに専門職として着任なさった佐々木達郎さんにもコア・メンバーとして加わっていただいています。ここに個別には書ききれませんが、それ以外にも多くの方々のご協力・ご支援により、スター・サイエンティスト研究のプロジェクトが進められています。
このように振り返ってみると、人と人とのつながりとご縁が、このプロジェクトの基盤となっていることを強く感じます。これまでのいくつもの「一期一会」を研究成果として結実させるべく、邁進してゆきたいと考えております。

 


次回の更新は8月3日(金)に行います。CEAFJP/EHESSの原泰史さんによる「街の明かりが強い夜に そこに広がる星たちが見えない世界 -科学者をいろいろなデータから分析する-」です。